医療現場でも一切の痛みを取り除くことが期待されるようになった

同様に、医療現場もまた、苦痛のない世界を目指そうと躍起になり、すっかり変貌した。

1900年代より前の医者は、ある程度の痛みは健康的だと信じていた。1800年代の一流の外科医たちは手術の際、全身麻酔を用いたがらなかった。痛みが免疫系や循環器系の働きを高め、治りを早くすると信じていたからである。痛みが実際に組織の修復を早めるという証拠は私の知っている限りはないのだが、手術中にオピオイドを使うと治りが遅くなる、という証拠は出てきている。

17世紀の名医トーマス・シデナムは痛みについてこう言った。「極端に強くて危険な四肢の痛みや炎症を和らげるために、人間がしてきた努力を見てきた……確実なのは、中程度の痛みや炎症を用いることだ。それは最も賢明な目的のために自然が利用する道具である」

対照的に、現代の医者は「思いやりのあるヒーラー」の役割ではなく、全ての痛みを取り除く役割を期待されている。痛みは、どんなものであれ、とにかく危険であるとみなされる。ただ痛いというだけでなく、決して癒えることのない神経学的な傷を残し、後々まで痛みを受けるよう脳にスイッチを入れることになるから危険だというのである。

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世界的に抗うつ剤の使用者は増えている

痛みをめぐるこのような思考のパラダイムシフトは、「気持ちが良くなる」薬の大規模処方につながっていった。今日、アメリカの成人は4人に1人以上──そしてアメリカの子供は20人に1人以上──が日常的に精神科の処方薬を飲んでいる。

パキシル、プロザック、セレクサのような抗うつ剤の使用は、アメリカを頂点に、世界中の国々で増えている。アメリカでは10人に1人以上(1000人中110人)が抗うつ剤を飲んでおり、アイスランド(1000人中106人)、オーストラリア(1000人中89人)、カナダ(1000人中86人)、デンマーク(1000人中85人)、スウェーデン(1000人中79人)、そしてポルトガル(1000人中78人)と続く。データのある25カ国中では、韓国が最も低い(1000人中13人)。

抗うつ剤の使用は、ドイツでは、たった4年の間に46%も増えた。スペインとポルトガルでも同期間に20%増えた。中国を含め、他のアジア諸国のデータは得られていないが、抗うつ剤の使用がどの国々でも伸びていることは薬の売上を見ると推測できる。中国では、2011年、抗うつ剤の売上は26億1000万ドルに達し、前年から19.5%アップした。

興奮剤(アデロールやリタリン)の処方はアメリカでは2006年から2016年の間に、5歳以下の小さな子供を含め、2倍になった。2011年には、ADDと診断されたアメリカの子供たちの3分の2がこれらの興奮剤を処方されている。

ベンゾジアゼピン(ザナックス、クロノピン、バリウム)のような鎮静剤も依存性があり、おそらく私たちが興奮剤を大量に摂ってしまっていることの埋め合わせとして、こちらの処方も増えている。1996年から2013年の間で、アメリカではベンゾジアゼピンを処方された成人の数は810万人から1350万人となり67%増えた。

2012年には、全アメリカ人が一人一本薬瓶を持っているといえるほどオピオイドが処方され、オピオイドの過剰摂取による死者が銃や自動車の事故による死者よりも多かった。