中国の商標法第31条では「登録出願にかかる商標は他人が有している先の権利を侵害するものであってはならず、他人がすでに使用し、一定の影響を与えている商標を不正な手段によって先駆けて出願するものであってはならない」と規定している。谷尾氏によると、「他人が有している先の権利」には著作権も含まれる。つまり、商標権以前に著作権が発生していることが認められたため、双葉社の勝訴となったのだ。

谷尾氏は「同判例により、日本企業が中国で著作権を戦略に組み込むメリットが非常に大きくなった。すでに商標を取られてしまった企業は著作権で戦うことができると証明された。今後、進出企業が中国でいち早く商標登録しておくべきことは当然だが、著作権も合わせて登録しておくことによって著作権の発生時期が明確になり、より大きな防衛力になる。同事件のように商標逆登録をされていても、著作権侵害で戦い、異議申し立てが容易になるはずだ」と話している。

中国で商標問題はあとを絶たない。日本企業では同事件をはじめ、これまでに「無印良品」「ウルトラマン」のほか、「青森」「博多」など日本の代表的地名や「讃岐うどん」など地名を含むブランドまでも、中国の第三者が商標を出願するなど問題とされてきた。最近では、鹿児島の幻の焼酎「森伊蔵」に対する異議申し立て事件で、蔵元の異議申し立てが認められなかったり、三重県の「松坂牛」も「すでに類似の商標が登録済み」として却下された例がある。

被害は日本企業だけではない。今年2月には米アップル社の「iPad」も中国企業が権利保有を主張し法廷闘争となっている。仏エルメス社も自社の中国名「愛馬仕(アイマーシー)」(エルメスの中国語表記)と中国企業が商標出願した「愛瑪仕(アイマーシー)」に関する中国商標評審委員会の裁定を不服として提訴していた裁判事件で敗訴している。

日本貿易振興機構(JETRO)知財課によれば「本部への問い合わせは年間600件以上あり、最近は中小企業からの問い合わせが多い。中国だけでなく、インドネシア、台湾、韓国でも日本企業の商標は狙われている」。

数年前、上海で「ホンモノ」として売られていた中国製のおもちゃ。左に見える「知財権を守れ」とのスローガンの下、すでに駆逐されたのか!?

しかし、近年は新たな動きも出てきている。これまで中国での知財紛争というと、日本や欧米企業が被害者となるケースが多かったが、逆に日本企業が中国企業に訴えられるケースも増えてきている。最近では東芝が特許権侵害訴訟で中国企業に敗訴する例もあり、中国の特許事情に詳しい河野特許事務所、河野英仁氏によると「日本企業が中国で特許権侵害で訴えられるケースは増加傾向にあり、もはや珍しいことではない」という。

谷尾氏は「海外進出の有無にかかわらず、商品を発売した時点で模倣品や商標逆登録のリスクが発生すると思っていたほうがいい。前述の著作権登録など、多少費用がかかってもトップがリスクを認識して対策する以外に方法はない」と訴えている。

「しんちゃん」事件で双葉社が支払った代償は8年間で「およそ7000万円」(関係者)。「しんちゃん」事件はグローバル社会に出ていく日本企業にとって、非常に大きな教訓を残したといえるのではないだろうか。

(澁谷高晴=撮影 写真提供=双葉社)
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