母娘介護が一筋縄ではいかない理由

現在50代の澤田さんだが、実は小学生の頃から母親のことが大嫌いだったという。

「母には昔から、度々暴言を吐かれてきました。特に、母が浴びせてくる捨てぜりふには何度も嫌な思いをさせられました。自分ではどうにもならないような、鼻の頭に汗をかいてしまうことや、胸が大きいことなどをあげつらわれて、『そんなことだと将来恥をかく』とか、『人からバカにされる』とか言われたものです。今だったら毒親間違いなしですうよね」

母親は、澤田さんに対してだけでなく、自分の姉妹や周囲にも余計なことを言ってはよく問題を起こした。「事実だから」と言って他人を不愉快にさせたことを認めようとせず、絶対に謝らないという悪い癖があった。

その癖は、認知症になってからますますエスカレート。

「母は気に入らないことがあると、『もうあんたは来なくていい』と言い、私の夫に向かって、『夫さんだけ来てくれればいい』と言います。『市役所に電話して言いつける』とか、ひどいときには、『虐待されてまーす!』と大声を上げたりすることもあります。ヘルパーさんに言われたりされたことが気に入らなかったときは、市役所に電話するふりをしながら、『もしもし! 今家に来ているヘルパーさんに虐待されています!』と芝居を打ったことも……。認知症なのにこんな悪知恵が働くなんて、本当に憎らしいし、わが母ながらあきれます」

さすがにこのときは、温厚なスーパーヘルパーでさえキレた。

こうした様子をカメラで見ていた澤田さんの夫は、「もう施設に入れたほうがいいんじゃないか?」と言い、澤田さん夫婦はケンカになったという。母に対する積年の怒りはある一方、育ててもらった恩も感じている。

「母は、50年以上今の場所で暮らしています。近所の顔見知りや親戚との会話が何よりうれしいのだと思います。家の窓が閉まったままだと、『窓が開いていないけど大丈夫?』とわざわざ私に連絡をしてきてくれる近所の人たちの気配り、思いやりは、本当にありがたいです。こういった環境があるからこそ、要介護3の認知症でも母は一人で生活ができます。私も会社勤めを続けられ、遠隔介護が続けられます」

澤田さんは、帰省の際は近所の人に日頃の感謝を伝えるため、手土産を持っていく。「気持ちは言葉や形にしないと伝わらない」。介護を始めて、より一層強く感じていることの1つだという。

ところが、2022年4月。「母の施設入所を早急に検討しなければ!」と思う事件が起こった。

母親が、テレビのアンテナコードの乱暴に抜き差しを繰り返したため、芯線が壊れ、テレビが映らなくなってしまったのだ。再三「抜いてはいけない」と言い聞かせて、母親に自筆で書かせた貼り紙が家中に貼ってあるにもかかわらずだ。

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隣家の甥やスーパーヘルパーに泣きつき大騒ぎする母親。「テレビが壊れた!」「テレビが見られない!」「○○さんが触ったらテレビが映らなくなった!」と悪態をつく様子を見守りカメラは映し出していた。

周囲に迷惑を掛けた挙げ句、謝罪もお礼もしない母親に、堪忍袋の尾が切れた澤田さんは、仕事を休み、実家に駆けつけた。見ると、スーパーヘルパーがわざわざ購入して設置してくれた新しいアンテナコードは抜けていた。またしても母親が抜いたのだ。

怒りがこみ上げた澤田さんは、母親の肩を押さえつけ、拳を振り上げて頭を叩いてしまった。アルツハイマー型認知症で要介護3。そんなことをしても意味がないことは百も承知だったが、衝動が抑えられなかったのだ。

母親はわざとらしく声を上げ、泣き真似をする。涙は出ていない。澤田さんはなおも手を上げ続けた。その時、アンテナコードを差し込んだテレビから、偶然高齢者虐待のニュースが流れ始め、澤田さんはわれに返る。

「このままではいけない。母の施設入所を検討すべき時なのかもしれないと、強く思いました……」