「ひどいときは盗れそうなものは何でも盗んでいた」

当事者は語る
前嶋浩子(仮名・女性・53歳)

自分がなぜ、またどういう動機から万引きを始めたのか、はっきりした原因や理由は今でも分かりません。

ただ、事実のみ、生起した順に並べると、まず摂食障害を発症し、症状が拒食から過食、さらに過食嘔吐へと推移し、大量に食べて吐くことを覚えた後に、食べ物を万引きするようになりました。そして、しだいに常習化するとともに、最初は食べ物だけだったのがそれ以外のものも万引きするようになりました。

ひどいときは盗れそうなものなら何でも手あたりしだいに盗む、という感じだったこともあります。

私は、進学を機に親元を離れて大学の寮に入り、おそらくその直後に摂食障害を発症したものと思われます。当時、素朴なやせ願望のほかに私にはもう一つ、ぜひ体重を減らしたい理由がありました。

というのも、私はそれまでの人生において「自分のありようは自分である程度コントロールできている」と思い込んでいたのですが、体重だけは全くコントロールの外だったことがどうにもがまんできなかったのです。そのことが非常な屈辱でもあり、とにかく癪しゃくで気に入りませんでした。何とか体重も自分のコントロール下に置きたい、自分の望むような体重、体型になりたい、という思いが強かったと記憶しています。

歯磨きでもするように淡々と万引きに及んでいた

食事を制限することから始まったダイエットが極端な拒食になり、それが突如過食に転じ、さらに過食嘔吐へと進んだ後に食品の万引きが始まりましたので、よくいわれることですが、「たくさん食べたいのに食品購入に使えるお金には限りがあるから」とか「どうせ吐いてしまうものにお金を使いたくないから」などと説明すると何となくつじつまが合います。

写真=iStock.com/Tero Vesalainen
※写真はイメージです

自分にもそういう心理があったことは否定しませんが、ただ、それだけかというとやはり違うというのが正直な気持ちです。私の場合、しだいに食品以外の物も盗むようになりましたし、18歳で発症して以来ずっと摂食障害、それも大半の期間は過食嘔吐を繰り返してきたのですが、ほとんど盗まないでいた時期もあります。単純に過食のみが万引きの唯一の動機とはいえないのではないでしょうか。

一方、毎日必ず何かしら盗んでいた時期もあります。そういうときは、盗むことがほぼ日課のようになっていて、行為が習慣化、自動化されているので、一回ごとに「自分の行為は許されることなのか」「そんなことをしていいのか」などと自問することもなければ、「やろうかやめようか」という逡巡しゅんじゅんも、「やってしまおう」という選択や決断もありません。

習慣化された日常の行為として、例えば歯磨きでもするように、淡々と行為に及んでいた感じです。おそらくあえて自分を判断停止状態に置くことで、犯罪にほかならない自己の行為を直視することから逃げていたのだと思います。