天安門事件で凍結された対中円借款を再開させたい中国

北京駐在大使となった橋本恕は11月18日、外交部長も務めた呉学謙副総理を表敬訪問し、約40分間会談した(橋本大使発外相宛公電「日中関係[本使の呉学謙との会談]」1989年11月20日)。

「暴乱(注)の平定に関連して、中日関係をはじめ西側諸国との関係に困難が生じたが、各国とも根本的、戦略的利益を考え、いかに中国との関係を回復し発展させるかをよく考える必要がある」と最初に釘を刺した呉学謙は、米国の変化を持ち出した。

※注:学生らの民主化運動を指す

「ニクソン(元大統領)、キッシンジャー(元国務長官)訪中時に、中国の指導者、なかんずく、鄧小平はこの点ははっきり述べた。米国の政府の中にも一部の人は中国に対し積極的な対応をしている。日本は中国の近隣で伝統的な関係もあるので、米国等よりもっと積極的に対応すべきであると思う」

天安門事件を受けて凍結された第3次円借款再開に向けた動きが遅々として再開しないことへの牽制だと橋本は感じたのだろう。こう返した。

「残念ながら、日中関係は現在不自然な状況にある。問題は、高官の往来と第3次円借款の二つであろう。〔中略〕いま本国政府内部で慎重に検討されているが、率直に言って、二つ問題がある。一つは、日本国民の中に、6月の天安門事件に関連して中国に対する批判的意見が少なからず存在すること。二つ目は、日本には日中友好の政策とともに、西側の一員であるとの基本政策があり、他の西側諸国の意向を考慮に入れる必要があることである」

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ニクソンは「中国は日本をおさえる役割を果たすべき」と言ったのか

橋本は公式見解を述べるにとどめた。鋭い勘を持つ橋本は、7月のスコウクロフト極秘訪中の事実を知らなかったとしても、10月下旬から11月上旬にかけてのニクソンとキッシンジャーの相次ぐ訪中を受けて、対中強硬姿勢に見える米国が中国と「机の下」でがっちりと手を握り、日本を牽制するのではないかと疑っていた。こんな内部情報を手に入れていた。橋本は会談の最後に呉に尋ねた。

「ニクソンが訪中時に、在北京米大(使館)の館員に対し講話をしたおり、『アジア・太平洋の最大の問題は、経済大国日本がやがて政治大国、軍事大国になることであり、かかる日本をおさえるため中国が積極的役割を果たすべき』旨、述べたと聞き及んでいる」

これに対して呉学謙は、ニクソンが米大使館で何を話したかは承知していないと述べた。ただ「ニクソン、キッシンジャーの訪中は、中米関係の改善のために役立ったと思う」と付け加えた。