安心感を与え、治療に対して前向きになってもらう

これは今日のオペで悟ったことなのですが、私にもいつかメスを握れなくなる日が来ます。その日をどうやって決めるかですが、それまで仲間としてずっとやってきた人がいなくなったら、そのときが潮時なのではないかなと思っています。チームとしてではなく、個人のパフォーマンスだけでやっているなと感じたときには外科医を辞めることになるでしょう。

2022年、地方大学を出た1人の女性医師が研修医を経て、私のもとに志願して入ってきたんです。

「うちの科なんか来たら、普通の女性の生活ができないからやめておけ」

私は3回、必死に説得したのですが、それでも入ってきた。この彼女が、今日のオペで初めて足の静脈をきちんと1人でとってくれた。「ああ、オレにもこういう時期があったな」と感慨深いものがありました。

この子が1人でオペができるようになったら、そのときが「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」となるのかなと、そんなことをまさに今日思いました。

しかし、つい最近までは外科医を辞めるときが医者も辞めるときだと思っていました。ところが、「先生と話すと元気になれるんだよね」と言ってくれる患者さんがおられるわけです。そういうふうに言っていただけることはありがたいし、そこで医者としての務めを果たせるのならそれも1つの生き方だなと。医者が患者さんに対して初めにできることは、安心感を与え、治療に対して前向きになってもらうこと。オペをするのはその後の話なのです。

企業経営者にもよく見られるパターンですが、長いことうまくいっている会社というのは社員に手柄を与えます。成功体験を周りにさせることにより、自分自身も冷静でいられるし、周囲のモチベーションも高まる。それにより、自分自身の負荷を減らし、背負うものがない状態にしていく。それが、自分自身の脳を疲れさせない秘訣なのではないかというのが私の結論ですね。

▼外科医が実践、脳の疲れに抗う6カ条
①頭で考えず、無意識的にできるまで、反復を繰り返す
②睡眠に悩んだら、躊躇などせずに医療機関を受診する
③時間があれば、トイレの個室でもいいので睡眠をとる
④喜怒哀楽の感情を表に出せる場を確保する
⑤部下など自分以外の人間に、手柄や成功体験を譲り渡す
⑥宗教など、「普遍的な教え」や「原風景」に触れてみる
(構成=タカ大丸 撮影=藤中一平)
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