3年後、荒れ狂っていた祖母が穏やかな人間になったワケ

それから3年経ち、雨宮さんは39歳。95歳になった祖母は、デイサービスやショートステイ、訪問看護を利用している。

以前、入院中に処方されていた抗精神病薬や睡眠薬は、退院後はのんでいない。別の病院で血液検査などを受け、新たに処方された認知症薬などを服用している。

「喉が詰まりやすい」症状は、訪問医に相談したところ、「逆流性食道炎ではないか」とのことで、薬をのむようになってからは格段に良くなった。

雨宮さんの介護の甲斐あってか、祖母は徐々に穏やかになっていった。歩くことはできないが、話すことや座って食べること、つかまれば立ち上がることもできるようになっていた。

認知症の症状には「中核症状」と、「BPSD(行動・心理症状)」と呼ばれるものがある。

「中核症状」は、脳の神経細胞が壊れることによって直接起こる症状で、記憶障害や判断力の障害などがあり、認知症になれば誰にでも現れる。

一方、周囲の人との関わりのなかで起きてくる症状を「BPSD」という。暴言や暴力、興奮、抑うつ、不眠、昼夜逆転、幻覚、妄想、せん妄、徘徊、もの取られ妄想、弄便、失禁などはいずれもBPSDだ。人それぞれ表れ方が異なるが、背景には必ず理由がある。それが何かを考え、本人の気持ちに寄り添った対応をすることで、改善できる場合も少なくない。

「祖母のお世話をすることが、私の生きがい。奇跡を起こしたい」

雨宮さんの祖母の場合、本人が望まなかった入院をきっかけにBPSDが強く出てしまった可能性があるのではないか、と雨宮さんは考えている。

「祖母は先日、『助けてぇ! 助けてぇ!』と叫んでいるので、『どしたん?』と訊ねると、『ちゃあちゃん(自分のこと)売られていくねん』と言います。そこで、『私が悪いやつは退治したるで安心しや!』と言うと、すぐに納得してくれました。見違えるように穏やかになり、昔の祖母に戻ったように感じる時が稀にあります。一昨日は、私が部屋の電気をつけっぱなしにしていたら、『誰も居ない所は消しとかんともったいない』と注意されました。入院していた病院の医師に、今の祖母を見せてあげたいです」

写真=iStock.com/sunabesyou
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暴言や暴力行為は、嘘のようになくなった。祖母の入院を強行した伯母との仲は、完全に元通りになることは難しいが、回復はしている。

「正直、伯母のことは恨みました。もちろん自分のことも責めましたが、『あの入院さえしなければ』という思いがずっとあり、一時は避けていました。でも、時間の経過とともに、『伯母を恨んでいても、元の祖母には戻らない』と思うようになり、普通に話をするようになりました」

最近の祖母は、寝ている時間が長くなった。その間に雨宮さんは家事を済ませ、自分の時間を持つ。

「在宅介護を始めたばかりの頃は難しかったですが、1人の時間を少しでも作ることを心掛けています。自分の楽しみを見つけること。見つけた楽しみを諦めないこと。イライラしたり、『もう無理だ!』と感じたりしたときは、一旦その場から離れることにしています。介護は体力的に大変ですが、私の場合は、大好きだった昔の祖母にはもう二度と会えないという精神的な面で、本当に苦しい時期がありました。今では心の整理ができていますが、まだ心の片隅で、『奇跡を起こしたい!』と思っています」

デイサービスが終わり、車から降りてくる祖母を出迎えると、祖母は雨宮さんの顔を見るなり「桜ぁ~! 会いたかったぁ!」と号泣することがある。それを見たスタッフは、「何十年かぶりの再会みたいやなぁ」と大爆笑。しかし祖母はおかまいなく、「長いこと会わへんかったなぁ! 大きくなったなぁ!」と言いながら雨宮さんに抱きつく。

「今は、祖母がただそこで穏やかに笑ってくれているだけで、すごく嬉しいです。祖母のお世話をすることが、私の生きがいになっているように思います」

「長生きが幸せ」とは限らない。また、被介護者が重度の認知症の場合、幸せかどうかを本人に確認することは難しい。だが、雨宮さんの祖母のように、誰かに幸せを与えられているならば、「長生きは幸せ」だと言えるのかもしれない。

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