「希望部署への異動はない」暗に宣言された気もしたが
人事部での最初の仕事は、給与計算や福利厚生制度の企画・運用を委託している子会社に出向して、税務や社会保険、資産形成に関する制度を運用・改善することでした。
配属後、同じくトヨタから出向している上司に言われました。「まずはここで4年、しっかりと人事パーソンとしての基礎を固めよう」
長期的な視点で育成体制が組まれていることに安心する一方、「調達へ異動する可能性はない」暗にそう宣言されたようで、少しだけ悲しい気持ちになりました。
業務が始まると、先輩たちからいろいろなことを教えてもらい、仕事の進め方や知識も徐々に身につき、成長している実感も持てるようになりました。社員からの直接の電話に応え、感謝の言葉をもらうことは素直にうれしくもありました。いつの間にか、ぼくは人事の役割を楽しむようになっていました。
次第に、大きめのプロジェクトにもアサインされるようになりました。もっと労務の知識をつけたいと思い、社会保険労務士の勉強も始めました。
「自分の人生も決められない」突然の異動に無力感
少しずつやりがいを感じてきた2年目の12月、突然、当時の上司に呼び出されました。
「来月から本社の労政室に異動してもらうから」
いま持っている仕事も、やっと形になりはじめたところでした。「まずはここで4年、しっかりと人事パーソンとしての基礎を固めよう」という方針は、いつ変わったのだろう。そんな疑問を持ちながらも、仲の良かった先輩たちに相談すると「まあ、サラリーマンなんて、そんなもんだよ」と言われました。
もちろん、日本の大企業で正社員として雇用された時点で、会社都合の人事異動があることは頭では理解していました。この配置転換もぼくのためを思ってのことなのかもしれません。それでも、希望もしていない部署への異動にはある種の無力感がありました。自分の人生を自分で決められない一抹の寂しさを感じました。
7万人のコミュニケーションをサポートする仕事
異動後の新天地は、社内のコミュニケーションを通じて、トヨタに約7万人いる従業員に一体感を持ってもらったり、会社トップの思いを伝えていくための制度・施策を考えたりする部署でした。
具体的には、社内イベントや有志団体の運営サポート、コミュニケーションに関わる人事制度の企画・改善など、業務内容は多岐に渡りました。
業務の特性上、役員や管理職、工場で働く技能職から研究開発などを担う技術職まで、トヨタのほぼすべての年代・役割の方と話す機会があり、あらゆる職場の問題意識を聞くことができました。
なにより、ものづくりの現場で働く人たちから直接、どんな困りごとがあるのかヒアリングして制度の企画にフィードバックすることは、もともとやりたかった現場のサポートに近いところもありました。
いつしかぼくは、希望していた調達部ではなく人事のなかでやりたいことを叶えよう、そう思いはじめていました。