「考え方の癖」や「心の状態」が背景にある
(1)自分を守りたい(自己防衛)
自分の非を認めることで低い評価をされたくない、責任を負いたくない、という「ディフェンス・メカニズム」の一種です。
責められていると感じ、そこから逃れたい、自分を守りたい、今の地位を失いたくない、責任を負って大変な思いをしたくない、と無意識に思い、つい「でも」「だって」と言い訳をしてしまいます。
(2)自尊心が高い、大切に扱ってほしい、構ってほしい
「どうせ……」と自分を卑下することで、「そんなことないよ」「大丈夫だよ」と人からの勇気づけで自尊心を復活させようという気持ちです。人に対する甘えの表れでもあります。
(3)負けたくない、自尊心が高い
「ですから」「だから」「でも」と、ついつい言い返してしまうのは、「マウンティングしていたい」の表れ。そのマウンティングは他者に対してということもあるし、自分のプライドを保つためでもあります。
このように、言葉の裏にはその人たちの「考え方の癖」や、長年にわたり染み付いた「心の状態」があります。
「でも、だって」が自然に口をついてしまう人は、相手の言葉や態度によって「攻撃された」と反射的に感じてしまう傾向が強いと言われています。その攻撃から自分を守るために、「でも、だって」が咄嗟に出る。本人はよくわからないまま条件反射的に口をついて出てしまっているので、自分で気づくことは難しいものです。
ですから、「責めているわけではないよ」ということを言葉や態度で示しつつ、「でも、だって」をはじめとするD言葉を「よく使っていますよ」と、相手にしっかりとお伝えするのも必要なことです。
「話しかけるのはやめておこうかな」と避けられる
2.「でも、だって」を使うことでどんな損をしているのか
ここまで読んで、「自分がD言葉を使っているかもしれない」と思い当たった方もいるのではないでしょうか。「でも、だって」を使うことで、どんな損をしているのか。それを知ることで口癖が変わっていく可能性も大いにあるので、ご紹介したいと思います。
会話の中で、「でも」をはじめとするD言葉を頻繁に使ってしまうと、本人に否定しているつもりはなくても、周囲をだんだんと不愉快な気持ちにさせてしまいます。すると、少し前に書いたとおり、相談事はもちろん、話しかけることもやめておこうかな……と思ってしまいます。つまり、避けられるようになってしまう、ということ。
そして、時には、相手からの怒りを買ってしまう場合があります。そうなりがちなのが、「代替え案のない否定」。たとえば、上司に頼まれていた企画を見せた時、一通り見たあと、「ん〜……でも、これは無理なんじゃないかなぁ」とだけ言われる。そんなやり取りばかりだとしたらどうでしょうか。
何がどう無理なのか、あるいは、どこをどうしたらOKなのかという代替え案を伝えてもらえると、その後の取り組みが変わるだろうな、ということは想像できますよね。多忙なのに感じがいい人たちは、否定しっ放し、攻撃しっ放し、ということが、まずありません。