無差別攻撃に怒り悲しむ「血の通ったリーダー」

恐ろしいことだ。
心が空っぽになった。
(2022年3月8日 イギリス議会での演説)

これまで繰り返し述べてきたように、ゼレンスキーはコメディアンや俳優を経て大統領になった人物だ。

ソビエト連邦の情報機関「KGB」出身で、2020年以降、大統領や首相の地位に就いてきたプーチンとは異なり、「物語」の作り方、聞き手に「ストーリー」を想像させていることには長けていると言っていい。

「恐ろしいことです。心が空っぽになりました」

次々と子どもが犠牲になっていくことを嘆くゼレンスキー。時に気弱で情けない部分も吐露する姿は、彼が常識人で血の通ったリーダーであることを国際社会に印象づけることに成功した。

「爆撃、爆撃、爆撃。家、学校、病院への爆撃。これは大量虐殺です」
「彼らが教会さえも破壊していることに気づきました。爆弾を使って」

これらもイギリス議会で語った言葉だが、ロシアがウクライナを攻めあぐね、無差別攻撃に出たことへの怒りと哀しみが手に取るようによく分かる。

その効果か、ロシア軍侵攻以降、国際社会でウクライナを批判する声はほとんどない。

ウクライナ国内でも、ゼレンスキー人気はV字回復し、一時は19%にまで落ち込んでいた支持率は、侵攻前に41%、侵攻後は実に91%に達した。

アメリカ連邦議会を動かした2つのフレーズ

価値観と世界のために
命がけで戦っている。
(2022年3月16日 アメリカ連邦議会での演説)

ゼレンスキーの言葉の特徴であるサウンドバイト――聴衆の記憶に残りやすく、ニュースなどでも扱われやすいシンプルで強烈な言葉には、最も頼りにするアメリカを揺さぶる要素がちりばめられている。

人前で語る時、あるいは文章を書く時、「誰に向けて」「何のために」発信するのかが重要になるが、ゼレンスキーの場合、それが非常に上手い。

アメリカ連邦議会におけるビデオ演説で言えば、筆者は、彼が「価値観」という言葉、そして「世界のために」というフレーズを盛り込んだことが、詰めかけた議員を総立ちにさせた最大の要因だったと見る。

清水克彦『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)

2021年11月7日、激戦となったアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプに勝利したバイデンは、地元デラウエア州での勝利演説で次のように語っている。

「より自由で公正なアメリカへ。尊厳と敬意ある仕事を生み出すアメリカへ。私たちが力を合わせればできないことはありません」

バイデンの言葉に象徴される民主主義国家としての価値観。これこそがアメリカの源流である。そして世界から尊敬される存在であり続けることが、世界第1位の経済大国で軍事大国でもあるアメリカの役割でありプライドなのだ。

ゼレンスキーは見事にそこを突いたのである。

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