転職先では、社員になる話もあったという。しかし店長になるのに10年はかかる。同じ10年を使うのであれば、ポテンシャルのある黒田の「焼き麺スタンド」にしてみようと思った。

飲食店主を悩ませる「2店舗目の壁」を超えたワケ

なぜ黒田は彼に1号店を任せる決断を下せたのだろうか。

評価が高かったのが、飲食店での豊富な経験だ。新しく採用した粕谷は、物覚えが早くてセンスがいい。接客サービスから厨房のオペレーション、衛生面まであらゆることに通じている。マクドナルドのマネジャーとして、多くの修羅場をくぐり抜けてきた経験が頼もしい。

「飲食店の経験が長いだけあって、たくさん貴重な意見をもらってますよ」
「どんなことをいわれたの?」
「細かい店舗運営のスキルから、アルバイトの使い方まで幅広くです。一番貴重なのは、アルバイトの学生がどんなことを感じているか代弁してくれることですかね」
「例えば?」
「アルバイトが困るのは、いろんな人から違うことをいわれることなんです。うちのように新しい会社には完成した育成のシステムがないので、アルバイトがやり方に迷うことがあるみたいなんです。ぼくが忙しくしてるとスタッフの些細な迷いに気付かなくなりがちで、あらためて指摘してくれるのは本当に助かります」

誰でも作ることのできる再現性を重視する黒田にとって、アルバイトの確保は重要な問題だ。

焼き麺スタンドのアルバイトは学生ばかりだ。マクドナルドに比べると教育水準が高く向上心も強いが、どんな人間も一定水準まで引き上げることのできるトレーニング用のマニュアルがない。アルバイト全員のモチベーションを引き上げ、店全体を統括する力を見込んでいた。

今後整備していかなければならないのは、客数を極大化するための態勢づくりだ。50食を超えてくると、店に入り切れない客が出てくる。

スタッフを増やせばコストも増えるので、増やせばいいというものでもない。どの時間帯に人員を増強し、どう効率的に提供するか。待つ客にはどういう対応をすればストレスが少ないか。並んででも食べたいという客を増やしていくために、粕谷の経験が求められていた。

自宅を引き払い、退路を断つ黒田

「6月10日に新店の引き渡しが決まりました」

神保町への出店準備が進む、ある日のことだった。神保町店はレイアウトも決まり、内装工事に取り掛かっていた。7月オープンという話が、現実味を帯びていた。

写真提供=焼き麺スタンド
急ピッチで開店準備が進む神保町店の様子