「日の丸を背負う立場でもない」という言葉に救われる

このピンチを鈴木はどうやって乗り越えることができたのか。次のような言葉を周囲からかけられたという。

「記録を1回出しただけで、日の丸を背負ってる立場でもない。もっと自分らしくチャレンジャーでいけばいいんじゃないか」

鈴木の身近には、“大きな期待”というプレッシャーと戦っている選手が2人いた。ひとりは東京五輪に日の丸をつけて臨んだチームの先輩・中村匠吾(富士通)。もうひとりは同じく女子マラソン代表を務め、昨年12月1日に結婚した妻・一山麻緒(ワコール)だ。彼らが重圧と戦う姿を肌で感じて、気持ちをリセットすることができたという。

「昨夏は(チーム内で)中村さんを近くで見させていただいて、日本記録保持者以上にオリンピック代表はこれほどまでにプレッシャーがかかるのだなと実感しました。同時に、この舞台で私もチャレンジしたいなという気持ちがすごく強くなったんです。そして、妻とは一緒にオレゴン世界選手権の代表をつかむことを目標に掲げました。東京マラソンに2人で出ると決めて、不安な状態ではありましたが、チャレンジャーとして臨むことができたんです」

万全な状態ではなかったが、狙い通りの走りで日本人トップに輝き、オレゴン世界選手権の日本代表を確実なものにした。

写真提供=ナイキ
鈴木健吾選手

妻の一山は10000mとハーフマラソンで日本記録を持つ新谷仁美(積水化学)と激しく競り合った。40km手前で新谷を引き離すと、セカンドベストの2時間21分02秒で日本人トップ(6位)を奪った。

レース後、鈴木と一山は抱擁して互いの健闘を称え合うと、ヒロインの瞳から涙がこぼれた落ちた。ふたりにしかわからない苦しみと喜びがあったことだろう。ふたりの合計タイムは4時間26分30秒。同一レース夫婦合計タイムでギネス記録を上回ったことになる。そして一山もオレゴン世界選手権の日本代表を引き寄せた。

ふたりの活動拠点は鈴木が千葉、一山が京都。一緒にいられる時間は多くないが、同じ目標を掲げて取り組んでいることがプラスに働いている。

「今回は一緒に世界選手権に出ようというモチベーションで頑張ってきました。お互い競技者なので、結婚したといっても生活は大きくは変わっていません。いまは競技を第一に考えています。家族であっても、競技をやっていないとわからない部分があると思うんですけど、そういう意味では大変な部分も理解してもらえますし、私にとってはポジティブな影響が多いです」

これまではネガティブになると1人で考えがちだったという鈴木だが、周囲の声に耳を傾けるようになったのが突破口になった。