次々と差し出される救いの手
それでもまだ、ステーキ屋の開店までの道のりは遠い……はずだった。いざ、コメ屋の店舗を飲食店に改装しようと見積もりを取ったところ、数百万円かかることがわかったのだ。
さすがにその費用までは、友人兄には頼れない。どうしたらいいのかわからず、その頃まだ仕事を続けていた「うさぎや」で相談した。すると、また予想外のところから助けてくれる人が現れた。
それは、うさぎや一緒に働いていた暁星の先輩だった(オーナーとは別人)。その先輩はもともと自分で事業をしていたのだが、廃業する際に自社ビルや投資先のマンションなどを売却した。それで「いま、まとまったお金があるから改装費用なら貸せるよ」と言ってくれたのだ。どのみち、店舗を改装しなければステーキ屋を始めることはできない。大曽根は再び頭を下げて、改装費を借りることにした。
ちなみに、「専門学生時代に『プロント』のバータイムで働いたことがある」というのが唯一、大曽根の飲食店での勤務経験。たった一度、國分さんが自分の店で開いたイベントだけで「勝算あり!」と判断するのは早計だと感じる人もいるだろう。しかし、大曽根に迷いはなかった。
「僕は専門学校を卒業してからコメ屋しかやってなかったから、廃業していきなりサラリーマンになろうっていうのも難しいんですよね。僕は、サラリーマンに必要なスキルを持ってないので。ほかになにかできるわけでもないし、それなら信頼する國分さんが『いける』と思って提案してくれた道にかけてみようと思ったんです」
兄貴分への信頼の証し…店舗作りと働き方も「ほぼ丸パクリ」
2018年10月、改装工事に着手した。國分さんへの信頼は、店の内装にも表れている。食洗機の配置、カウンターの高さ、幅、並びなど「ほぼ丸パクリ」と自ら認めるほど、「凛」に似せた店舗にしたのだ。
しかし、松栄米穀時代から使っていたなにも書かれていない軒先の黄色いテントは、そのまま使用することにした。気に入っていたこともあるし、参考にした國分さんの「凛」も同様に、ぱっと見、なんのお店かわからなかったということもあり、「これでいこう」と考えたのだ。
一般的な飲食店の経営者からすると、店の印象を大きく左右する店舗用テントを新調せず、店名も書かれていない古びたテントを流用するなんて、常識外れもいいところだろう。しかし、パッと見てわかりやすい情報がないことに加え、ガラス張りで清潔な雰囲気の内装とのギャップになり、「なんの店だろう?」と思わず足を止めてしまう効果を生んでいる。これは、大曾根の狙い通りだった。
店を始めるにあたって、いい商品を仕入れなくてはならない。牛肉について素人の大曽根は、國分さんが利用している業者を紹介してもらった。ところが、交渉段階で肉の値段が急上昇し、「これではお客さんに安く提供できない」という状況に陥った。