出る杭は打たずに育てる

八代さんは、日系起業家らでつくるボストン日本商業会(JBBB)の代表として活躍しています。まだ英語がうまく話せなかったころ、貴重な経験をしました。

スキーが得意な八代さんがスキーのインストラクターのテストに合格し、スキースクールの初日を迎えた時のことです。3カ月間受け持つことになった子どもの親から「同じお金を払っているのに英語が苦手なインストラクターからレッスンを受けるのはアンフェアだ」とクレームをつけられました。

その時、八代さんの上司にあたるスクールの校長はこう言いました。「英語は問題じゃない。スキーの技術、教える技術に問題があるなら来週また来てくれ。文句があるなら担当を代えます」。校長は八代さんが後ろにいるのを知らずに、クレームをつけた親にこう話したそうです。つまり、八代さんを気遣って言ったわけではなく、クレームに臆せず、問題は英語ではなくて、スキーインストラクターとしての技術だと、自分の考えを主張したのです。

八代さんはクレームをつけた親の子どもを3カ月間、受け持ちました。スクール最終日、親に子どものスキルを見せ、修了証を渡しました。八代さんは親から「後で話がある」と言われます。嫌な予感がしたのですが、逆でした。「うちの会社に来て一緒に仕事をしないか」。会社で新設する日本輸出部門のマネージャーにならないかという誘いでした。当初、クレームをつけた親は「言葉の壁を破って仕事をやり抜いた心意気が気に入った」と言ってくれました。

八代さんは誘いを受け、その会社で7年間、仕事をしました。

どこでどんな縁があるのか、分かりません。「アメリカには頑張った人を引き上げる優しさがあります。出る杭は打て、ではなくて、出る杭は立派に育てよう、という気持ちがあると感じます」。八代さんはこう言います。

「五十肩」「老眼鏡」と言わない価値観

ニューヨークで診療所に行った時のことです。肩がバリバリに張って腕が上がらなくなりました。「五十肩かもしれません。診てください」。すると医師は「あー、フローズン・ショルダー(Frozen shoulder)ですね」と。

「フローズン・ショルダーって何ですか」と聞く私に、「四十肩、五十肩のことですよ。アメリカでは、forty shoulderとか、fifty shoulderとは言いません。年齢差別につながるからですかね」と医師。フローズン・ショルダー。肩が凍ってしまったように痛いという、その症状だけを表現した言葉です。日本の四十肩、五十肩は、その年齢で症状が出るという、年齢に重点を置いた言葉です。フローズン・ショルダー。何となく、センスが良いなと思いました。似たような言葉が他にもあります。

ニューヨークで英会話のレッスンを受けていた時でした。「老眼鏡が必要になってきた」と英語で言いたかったのですが、老眼鏡の単語が出てきませんでした。すかさず講師が「Reading glasses」と教えてくれました。リーディング・グラスィズ。「読むための眼鏡」。日本語の「老眼鏡」と比べると、やはり、機能を重視した言葉です。「老」という人間の年齢の特徴を表現することを避けた言葉なのでしょうか。

写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです

日本語で「老いる」という言葉には、素晴らしい意味合いが込められていますが、ネガティブなイメージを感じる人もいます。リーディング・グラスィズという表現は、余計な印象を排除するがごとく、実にシンプルで、オシャレな言い方だなと感じました。