枝野氏は「保守VSリベラル」の対立構図を作り上げた

さて、「希望の党」騒動は結果として、民進党の所属議員を「立憲民主党=リベラル系」「希望の党=改革保守系」と、ざっくりと分割することになった。希望の党に移った民進党議員らが、紆余曲折を経て国民民主党を結党し、昨年秋にその多くが立憲民主党に合流したのは周知の通りである。

リベラル系政党に多くの保守系議員がまとまって合流するのは、98年の新「民主党」結党を彷彿とさせる。ただ、民主党と異なっていたのは、立憲民主党は理念や政策の「すり合わせ」「中和」という形を取らなかったことだ。

枝野氏は19年の統一地方選や参院選勝利による野党内での主導権確保、統一会派結成による議員間の信頼感の醸成、結党時の理念を大枠で維持する綱領の策定など、慎重な手順を踏んで立憲民主党主導の合流手続きを進め、結果として「リベラル政党」の形を守って衆院選に臨むことができた。前述したように、選挙結果は公示前議席を減らしたものの、民主党の下野後では野党第1党として最多の議席を得た。

これはつまり、国会での与野党の対立構図が「保守VSリベラル」となったことを意味する。改革保守勢力の日本維新の会が「第三極」であると考えれば、野党内で「政権を争う第1党」と「第三極」が入れ替わったことになる。長年「保守2大政党」が求められ続けてきた政界において、これはかなり特筆すべき政治状況と言えよう。

過去の「保守2大政党」の試みは実を結んで来なかった

筆者は「保守2大政党」より「保守VSリベラル」の2大政党制の方が、日本の政治にとってはるかに有益だと考える。選挙で有権者が、自らの1票でどんな社会像を選ぶのかが明確になるからだ。だから筆者は今回の選挙で、国会に「保守VSリベラル」の対立軸が生まれたことを歓迎している。

だが、この構図はなお脆弱であり、定着するとは言いがたい。「保守2大政党」を求める内外の圧力は、今もかかり続けているからだ。現在の「立憲惨敗、維新躍進」をあおる空気もその一つと言えよう。実態から乖離した世論が半ば強引に作られるなかで、中小政党も議席を得やすい来夏の参院選で日本維新の会が大きく続伸すれば、次の衆院選で野党の構図が再び不透明になる可能性は否定できない。

だから強調したい。過去の野党の歴史を見ても、「保守2大政党」の試みは、長期的には実を結んで来なかったことを。新進党の崩壊。みんなの党など「改革保守」の第三極政党の失速。希望の党の腰砕け……。この四半世紀、すでに多くの事例を見てきた。

立憲民主党が現在の綱領から逸脱して、旧民主党的な「非自民・非共産の改革保守政党」に変質し、自民党との理念・政策の対立軸が不明確になった上に、野党の役割を放棄して政権与党の監視や批判を手控えるようになれば、それは党の寿命を縮めるだけだ。