幼少期から一生をともにするウイルス

ウイルス感染症は、さらに複雑である。

口唇ヘルペスという病気がある。「熱の華」などと呼ばれ、口の周りに腫れものができ、痛みを伴う病気だ。単純ヘルペスウイルスというウイルスが原因である。

このウイルスは、顔にある神経節の中にすみついている。普段は大人しくしているが、疲れが溜まったときなどに暴れ出し、口唇ヘルペスを引き起こす。つまり、「ヘルペスウイルスが体内にいる状態」は病気ではなく、それだけなら健康そのものである。口の周りに不快な症状を起こしたときのみ、病気とみなすのだ。

同じグループの中に、ヘルペスウイルス6型というウイルスがいる。突発性発疹の原因ウイルスである。ほぼすべての人が幼い頃にこのウイルスに感染し、一部は突発性発疹を起こし、一部は無症状のまま経過する。このウイルスはそのまま体にすみつき、人間と生涯をともにする。乳幼児期に一歩も屋外に出ない子どもでも、このウイルスには感染する。なぜなら、親の体内にウイルスがいるからだ。

こうしたウイルスは根絶やしにはできないし、する必要もない。何らかの不快な症状や命を脅かす事態が起こったときだけ、「病気」と見なして医療が介入するだけだ。つまり、「病気か病気でないか」は、誰かが必要性に応じて決めるのだ。

新型コロナの陽性者は「病気」なのか

新型コロナウイルス感染症の診断に、PCR検査がよく用いられる。そのため、PCR検査の結果によって「病気か病気でないか」を判断できる、と考える人は多いが、そうではない。

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例えば、新型コロナウイルスに感染後、しばらくして症状がおさまった人が、「病気が治ったかどうか」を知るにはどうすればいいだろうか?

発症後7~10日間経つと他人への感染性はなくなる(2、3)。もしその時点で何も症状がないなら、そのときはもちろん、もう「病気」ではない。不快な症状も、命を脅かす事態でもなく、かつ他人に感染を広げるリスクもないからだ。

ところが、PCR検査は、時に2~3週間以上も陽性が続く(2、3)。PCR検査でわかるのは、「ウイルスの断片が存在するか否か」であって、「病気か否か」ではないからだ。

病気だと見なすべきなのは、あくまで「治療や隔離などのアクションが必要な人」であって、「検査が陽性の人」ではない。

だが、こうした考え方が腑に落ちない人は多い。高度な医療機器や診断技術が、客観的指標に基づいて「病気か病気でないか」を決めてくれるほうが、説得力を感じるのだ。