「病気」とは、どういう状態のことを指すのか。医師の山本健人さんは「病気の原因となる細菌やウイルスの中には、健康な人の体内に常に存在するものもある。病気かそうでないかの確定的な指標があるわけではなく、必要に応じて人間が決めているにすぎない」という——。

※本稿は、山本健人『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。

感染のイメージ
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体の中は病気を引き起こす細菌だらけ

病気とは、どういう状態のことを指すのだろうか?

この質問に答えるのは、意外に難しい。一例をあげてみよう。

細菌は私たちに病気を引き起こす微生物である。では、細菌が体の中に入った状態は病気か、というとそうではない。そもそも私たちの皮膚にはたくさんの細菌が付着しているし、口の中や腸の中も細菌だらけである。これらの細菌が体に何らかの不具合を起こしたとき、初めて病気と呼ぶことができる。「細菌がいるかいないか」が「病気か健康か」を決めるのではない。

黄色ブドウ球菌という細菌がいる。心内膜炎や関節炎、皮膚の感染症など、さまざまな病気を引き起こす微生物だ。「とびひ」という俗称で呼ばれる皮膚感染症、「伝染性膿痂疹」の原因菌の一つでもある。

病気か健康かの境目は意外に難しい

2000年に起きた雪印乳業(現雪印メグミルク)の乳製品による集団食中毒では、1万3000人以上が被害にあった(1)。製造工程で繁殖した黄色ブドウ球菌の毒素が原因だ。2012年、モデルのローレン・ワッサーはタンポンが原因の重篤な細菌感染症にかかり、結果的に両足を切断した。その原因は、黄色ブドウ球菌によるトキシック・ショック症候群である。

これほど恐ろしい黄色ブドウ球菌だが、実は健康体でも約3割の人は保有している。鼻の中や皮膚表面に普段からすんでいる細菌なのだ。つまり、「体に黄色ブドウ球菌がいること」は病気ではない。まして、治療は「黄色ブドウ球菌を根絶やしにすること」ではない。

そして、細菌感染症が「治った」状態は、「体に細菌がいなくなったこと」と必ずしも同義ではない。「細菌はいるが病気は起こしていない状態」なら、「治った」といえるからだ。「病気か健康か」の境目は、意外にもシンプルではないのだ。