DV妻との結婚

橋本さんは、その後も彼女に違和感やモヤモヤを抱き、「あれ?」と思うことがしばしばあったにもかかわらず、「まだ若いから、そのうち変わってくれるだろう」などと考えていた。

ところが、彼女の“凶行”はエスカレートしていく。

気に入らないことがあると、耳をつんざくようなヒステリックな叫び声を上げ、暴言を吐き、人格否定にも及ぶ罵詈ばり雑言で橋本さんを罵倒。その間、橋本さんはひたすら彼女の言うことにうなずき続け、ちょっとした隙間に自分の意見を挟む。

しかし、彼女からは何の返事もない。言いたいことを叫び、怒鳴り散らした後は、ひたすら無視を決め込み、相手の言い分や気持ちには一切耳を貸さなかった。それでも、無視する彼女の横顔に、橋本さんは懸命に自分の考えや思いを語り続けた。

「いつか彼女に伝わる」「いつか彼女はわかってくれる」そう信じていた。

「当時、私はそれでも彼女が好きでした。後で友人には、『何がそんなによかったの?』と聞かれましたが、まるで洗脳でもされていたかのように、何がよかったのか思い出せませんでした」

怒鳴り散らしているときの彼女は、必ずと言っていいほど「怒らせたお前が悪い!」と言い放ったが、怒られているときの橋本さんは決まって、「自分が何のために怒られているのか」「彼女が何のために怒っているのか」分からなくなっていた。

一般的なけんかは、相手から嫌なことや不快なことをされた場合、「不快なので謝ってほしい」「今後はやめてほしい」といったように、自分が不快な思いをしたことを伝え、謝罪を要求し、「今後は気をつけてほしい」というお願いや約束をして、相手との関係を改善していくはずだ。

しかし、橋本さんと彼女のけんかは一方的に彼女が怒り狂うだけで、彼女がなぜ怒っているのかわからないことがほとんどで、橋本さんは、一刻も早く彼女の機嫌が直るよう、根本的な問題に触れることなく、ひたすら謝るばかり。当然、何も改善されていないので、同じようなけんかを繰り返した。

そして、あろうことか、出会いから1年後、橋本さん26歳、彼女21歳で2人は結婚。平穏時のやさしくキレイな彼女が本当の彼女。そう信じたい橋本さんにはこの時すでに冷静に判断することができなくなっていたのかもしれない。

「子育てはあたし1人じゃ無理だから、あたしの実家で一緒に住んでよ?」

もちろん、橋本さんに選択権はなかった。

DV妻との子育て

フリーターだった橋本さんは、正社員として就職が決まり、義実家での生活が始まると、まもなく妻は妊娠。実家では寝てばかりいるように。

相変わらず妻のイライラの矛先は橋本さんだったが、時々は自分の両親に向かうこともあった。その度に両親は平謝り。後で、「あの子は本当に怒りっぽいわ……」と呆れたり、「幸男くん、ごめんね」と謝られたりした。

中でも妻より1歳下の妹が見せる、妻への気の使い方は異常なほどで、「あいつは私の言うことなら何でも聞く」と得意げに妻は笑っていた。

「同居した3年間で、義両親が妻を叱ったことは一度もありません。だから妻はこんなふうに育ってしまったのでは……? と思いました」

やがて橋本さん夫婦は2人の娘に恵まれ、次女が1歳を過ぎたとき、妻は橋本さんに、「そろそろ戻るよ」と、もともと住んでいた街に戻ることを促す。

妻の両親は、満面の笑みで見送ってくれた。