DV妻との新生活
新居を決めて街に戻ると、4歳と2歳になっていた娘たちは保育園に入園。橋本さんは夜、仕事から帰宅すると、子どもたちに「パパおかえり〜!」と迎えられる瞬間に幸せを感じていた。
しかし、次の瞬間、キッチンからドン! と、何かを叩きつけるような大きな音が家中に響き、続いて「はあ〜〜〜〜〜」という妻の大きなため息が聞こえ、橋本さんも娘たちも凍りつく。
橋本さんは「ただいま」と妻に声をかけ、「晩御飯の準備、手伝うよ」と言って食器を出そうとすると、「触んな!」と妻。
「じゃあ、リビングにいるから、手伝うことがあれば教えてね」と言って移動し、娘たちとの会話を楽しんでいると、再びドン! バタン! と大きな音。
何度かやり過ごし、それでも続くので、「大丈夫?」と声をかけると、「何が?」と妻。橋本さんは妻の機嫌を取るために、必死で「家事や育児をしてくれてありがとう」「保育園で何かあった?」などと訊ねるが、やはり妻は無視。
当時の橋本さんは、「義両親と離れて暮らし始めて、家事や育児を1人でこなす毎日に、妻は疲れているんだ。もう数カ月経てば、この生活にも慣れて穏やかになるはず……」そう信じていた。
DVとモラハラ
モラハラとは、モラルハラスメントの略で、言葉や態度によって行われる精神的暴力をさす。モラハラはどこでも起こり得るが、家庭で起こる場合、「ドメスティック・バイオレンス:DV」と混同されがちだ。DVには身体的・精神的・経済的・社会的・性的と5つに分類されることが多く、このうち「精神的DV」をモラハラと呼ぶようになったとみられる。
橋本さんの妻はオシャレで笑顔が印象的な女性だった。だが、同棲が始まった翌日には、これから始まろうとしているDVの片鱗が見えた。それにもかかわらず、なぜ橋本さんは結婚し、子どもまでもうけてしまったのだろうか。
そのヒントは、橋本さんのこの供述から得られるかもしれない。
「同棲が始まって以降、私は妻から、幼馴染や同級生、昔のバイト仲間など、すべての交友関係を切るよう命じられました。女友だちの連絡先は、妻との交際が始まった時点ですべて消去されました。同窓会や飲み会などの誘いを受けても断るしかなかったため、次第に誘いも来なくなりました……」
橋本さんは、妻との交際が始まった時点で、友人との交際禁止や行動範囲の制限などといった社会的DVを受け、同棲が始まったと同時に、自分の稼いだお金を自由に使えない経済的DVが始まったのだ。
友だちとの交際が続いていたら、もしかしたら友だちは、「お前の彼女、おかしいよ」と言ってくれたかもしれない。しかし交際を禁止され、孤立してしまった橋本さんは、目の前の彼女を信じようと努力し続けるしかなかった。
橋本さんの両親は結婚前、多少の違和感を覚えつつも、猫をかぶる彼女にすっかり騙された。唯一、おばあちゃん子だった橋本さんをかわいがっていた母方の祖母だけは、「あの子はやめときな」と言ったが、そのときは誰も耳を貸さなかった。
簡単には後戻りができないところまで問題がこじれたとき、当事者たちの間でそれはタブー化していく。(以下、後編)