すべてが完全に静止した状態は存在しない

もちろんこの能力の仕組みを説明できるわけではないのですが、少なくとも本人が普通に行動できているので、重力やその他の力を変更しているわけではないようです。

よく空中に浮かんでいるものが、そのまま静止しているような演出が出てきます。別にそれがいけないというわけではなく、一体どのような仕組みで重力が作用する空間で、落下せずに静止し続けられるのか不思議に思います。重力があって下向きに力がかかっている以上、浮くためには、全ての物体に上向きの力をかけないと浮き続けることは難しいでしょう。

物理的に時間を止めることは可能かと聞かれれば、もちろん無理だといえます。それは、そもそも絶対的に静止している状態が存在しないためです。量子レベルでは、つねに原子も分子も振動をしています。いくら絶対零度と呼ばれるマイナス273度に到達して、全ての物質が凍結しても、量子力学的には、それは静止状態ではありません。したがって「時間を止める=全てが完全に静止する」という状態は実現できません。

そもそも、自分以外の全ての現象を止めることが完全に成り立ってしまうと、光さえも届かなくなるはずです。つまり、真っ暗になるか、もしくは暗闇に立っている状態になるか。いずれにしても、だいぶ行動の自由がきかない状況だといえます。

まわりの人からは時間を止める能力者は「変な行動をする人」

見方を少し変えて、実はわずかながら、ゆっくりと動いているだけとも考えてみましょう。これだと相対論的には可能な話です。日本のドラマ『SPEC』でも、このような時間停止に近い能力を持つ少年が出てきますが、その少年も相対論を考慮したようなコメントをしていました。自分が超スピードで行動できる、そのため流れる時間が、まわりの時間の流れと大きく異なる能力である、と。しかしこの場合、相対的であるということが最大の問題になります。

自分が光速近くで移動すると、まわりの物体の運動は全てゆっくりと経過するように見えます。ただ、このときの時間の経過も実は、相対的な違いであるというのが相対論の帰結です。

つまり、まわりの人からすれば、この光速で移動する人物の時間がゆっくりと進んでいるのです。ただし、光速で移動する人自体を観測することが無理な話で、時間がゆっくり進んでいるのを「見る」ためには、きちんと比較するそれぞれの時計を用意しなくてはなりません。

しかも、観測にはこれらの時計をびっしりと敷き詰めて、空間的な同一点で比較しなくてはいけないので、文章で簡単に表現している、人間の目で見えるという意味の「見える」とは、大きく異なることを注意しておきます。

よって、SFでの設定では、必ずその能力者だけが絶対的な時間の支配者となっていますが、相対論でいえば、その能力者以外のまわりの人たちが、単に能力者の変な行動を目撃しているだけという状態になります。もちろん、光速度での移動という設定だと、どちらにしても見え方云々が一瞬で、少し意味のない議論となりますが、一応そういうことになっています。

ちなみに、光速で移動する代わりに、ブラックホール近傍に行くというのも1つの手です。ここでは、光速で動くのと同様に時間が遅れる効果が強くなります。

写真=iStock.com/Petrovich9
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理論的には、ブラックホールの事象の地平線と呼ばれる、光も出てくることができない地点では、時間の経過する刻み幅がゼロとなって、実質時間が止まるように見えます。これは、ブラックホールから十分離れた観測者からそう見えるということで、ブラックホール近傍の本人は、この遅れは一切認識できません。

例えば、ブラックホールに突っ込む人が、手を振り続けてお別れをしているとしましょう。この動作は遠方の人からすると、見かけ上、手を振る動きが徐々に遅くなり、やがて地平線に到達するときに停止します。しかし、当の本人は、何ら変化を感じることなく、手を振り続けているだけです。