オンラインコミュニティにハマる彼氏

——直幸はオンラインコミュニティでの交流に夢中になり、帰ってこなくなりますね。

羽田圭介『Phantom』(文藝春秋)

【羽田】このコミュニティに集まっているのは貨幣経済を否定し「お金を介さないでも幸せになれるよ」と呼びかける人たち。株式投資とは相対的なものとして入れました。彼らの主張は間違っているわけではないけれど、僕と同世代から上はさんざんカルト教団のニュースを見ていたはずなのに、形を変えた何かにどっぷりハマってしまう。そんな人の忘れやすさ、学ばなさを描こうと考えました。実際に直幸のように染まりやすい人も多いですよね。日々、仕事などで疲弊し視野が狭くなると、みんな簡単にそうなってしまう可能性があります。

——資本主義のシステムを過度に利用するか全否定するか。なかなかそこでフラットにはなれないということでしょうか。

【羽田】要はバランスですよね。直幸のようにお金がなくても他人とつながっていればいいと考えるなら、ムラ社会の中で周りの評価を気にしながら生きていかなきゃいけない。しかし、本来、お金を稼いで独立して生きるということと、人とつながって生きるというのは両方必要ですよね。

芥川賞受賞後にもった“世間への復讐”という感覚

——実は華美には地下アイドルをしていた過去があり、「枕営業」というワードも出てきます。「男たちが中心となって動かしている社会に対しての復讐心があるのかも」という華美の言葉が印象的でした。

【羽田】華美のようにお金に取り憑かれる女性って何かに復讐心があると考えたんですね。主に男性が動かす金融社会でもうけて自由になってやるという……。「そっちが資本主義のシステムで冷徹にやってくるなら、こっちだって」という気持ちがあるのではないか。というのも6年前、僕が芥川賞をとっていろんな仕事をもらったとき、ちょっと世間に復讐しているような感じがあったんですよ。今の時代、みんなあまり本を読んでくれないので、その分、よその業界からという気持ちはどこかであった。

——「男だからといって女より収入が高く甲斐性がなくてはならないという世ではない」という一節も印象的です。

【羽田】経済的なところで男女関係なく上に行こうという女性は、そう言わざるをえないのでは。リスクを引き受け弱音もはかないというスタンスでないと一貫性がない。

——他にも短編映画の制作など、いろんな活動をされていますが、今後の予定を教えてください。

【羽田】10月にエッセイ『三十代の初体験』(主婦と生活社)が出る予定です。小説の新作は『滅私』(新潮社)が今年中に書店に並ぶ予定。物を捨てまくるミニマリストの男が主人公ですが、彼は株でもうけたから物を捨ててもいつでも買い戻せると思っている。つまり経済的な要素と結びついているので、『Phantom』と通底しています。兄弟か姉妹のような小説ですね。ぜひ2冊併せて読んでみてください。

(構成=小田慶子)
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