これが音楽業界だけのことだったら、さほど重大ではなかったはず。だが残念ながら、カウンターカルチャーの思想はこの社会への僕らの理解に深く組みこまれており、社会および政治生活のあらゆる面に影響を与えている。

最も重要なことには、それが現代のすべての政治的左派の概念のひな型となった。カウンターカルチャーはラディカルな政治思想の土台として、ほぼ完全に、社会主義に取って代わった。だから、カウンターカルチャーは神話にすぎないのだとしても、それは数知れない政治上の結果をもたらして、莫大な数の人を誤らせた神話である。

「人とあえて違うことをせよ」という罪

カウンターカルチャーの反逆──「主流」社会の規範の拒絶──は大きな差異のもととなった。個人主義が尊ばれ、順応が見下される社会では、「反逆者」であることは新たなあこがれの種類となる。「人とあえて違うことをせよ」と、しきりに言われたものだ。60年代には、ビートニクかヒッピーになることが、自分は堅物でも背広組でもないと訴える方法だった。

80年代には、パンクやゴシックの服装が、プレッピーでもヤッピーでもないことを示す手だてだった。それは主流社会の拒絶を目に見える形で表明するやり方だったが、同時に自分の優越性の再確認でもあった。「おれはおまえと違って、体制に騙されたりしない。愚かな歯車ではない」というメッセージを送る手段だった。

むろん問題は、誰もが上品にはなれないし誰もが趣味のよさを持てないのと同じ理由で、誰もが反逆者になれるわけではないことだ。みんながカウンターカルチャーに加わったら、カウンターカルチャーが単一文化になってしまう。

一般化されてはモデルチェンジを繰り返し…

そこで反逆者は差異を回復するために、新しいカウンターカルチャーを創出しなければならない。カウンターカルチャーの様式は非常に排他的なものとして始まる。それは「アンダーグラウンド」になっていく。独特のシンボル──愛の象徴のビーズネックレス、安全ピン、ブランドの靴やジーンズ、マオリ族のタトゥー、ボディピアス、車の車外マフラーなど──は「通人」間のコミュニケーションの核心となる。

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だが時の経過にしたがって、そうした「通人」の輪は広がっていき、シンボルはどんどん一般化する。必然的に、これらの標識が与える差異はすり減っていく──ナシメントがバーバリーブランドを安っぽくしたのと同様に。「クラブ」はだんだん選良ではなくなる。そのため反逆者は新しいものへ移行しなければならない。