上野・後藤、五輪決勝の継投の秘密
7月東京五輪では、39歳の上野選手を20歳の新星・後藤希友選手(トヨタ自動車)が見事に補完する投球を見せたが、それも日頃のコミュニケーションのたまものだった。
上野選手は日本ソフトボール界を長年けん引してきた絶対的エース。今も110キロの剛速球を投げる大黒柱だけに「自分がチームを引っ張らなければいけない」という自負は誰よりも強い。そんな看板選手を途中で下げるのは、指揮官にとって勇気のいることだ。
代わって入るのが20歳近くの年下の若手となれば、プライドが傷つけられるかもしれない。「でも上野は、もちろん高いプライドを持っているけれど、プライドのために試合をするのではなく、勝つためのプライドを持っている」と宇津木監督は上野選手に信頼を寄せる。
さらに、2人のピッチャーとしての個性を知り抜いた差配を行った。「上野は、とにかく持久力がある。一方後藤は、チームがピンチになった時に爆発できる、爆発力のあるピッチャー」。宇津木監督は東京五輪で2人を巧みに使い分けた。
顕著な成功例が7月27日に行われた決勝・アメリカ戦だ。6回途中で上野選手を下げ、後藤選手を投入。若き左腕は1アウト1・2塁のピンチに直面しながら無失点で乗り切り、7回に再び上野選手にマウンドを譲った。その上野選手が最終打者をファウルフライで打ち取り、2008年の北京大会から2大会連続金メダルに輝くという、理想的なシナリオを実現した。
「上野とは15年以上にわたって対話を重ね、信頼関係を築いてきました。裏表のない気心の知れた間柄ですから、後藤との交代にも文句ひとつ言いませんでした。心底、信じて託してくれたし、後藤を力強くサポートしてくれました」
7年後を考えて起用した
上野選手には事前に「後藤をワンポイントでも出したい」と話していたのだという。ソフトボールは、次の2024年パリ大会では競技種目から外れるが、2028年のアメリカ・ロサンゼルス大会では復活する可能性がある。「7年後を考えて後藤を起用した」と宇津木監督は語る。
「上野がよく、(2日間413球を一人で投げ抜いた2008年北京大会などの大きな試合を指して)『あの時の経験があるから今の自分がある』と言うんです。それほど大舞台での経験は大きい。私ももういい年ですからね(笑)。将来、日本のソフトボールを強くしていくのは私じゃなく、後藤のような若い選手です。かつての上野がそうだったように、後藤にもそういう大きな経験をさせたいと、チャンスを探していたところもありました」
「勝って金メダルを取る」ことはもちろんだが、それに加えて、若い後藤選手が大舞台の経験を未来へと引き継げるよう考え抜いた結果だったのだ。