去年やっていたら、今年とは違っていた
そもそもスポーツはコミュニケーションの上に成り立つものなのに、その前提が崩れるのは、指導者として大きな痛手だった。「自由に会話ができないとチームの雰囲気づくりも難しい。ソフトボールのような団体スポーツにとっては致命的になりかねないので、本当にしんどかった」と振り返る。
しかしコロナ収束のメドが立たず、苦境に立たされる中、宇津木監督は数カ月後に訪れるであろう代表活動再開に備えて、選手に伝えられる材料を増やそうとした。
「自宅に引きこもって、自分のチームや対戦相手の過去のビデオを毎日見て細かく研究しました。やはり、経験だけではダメで、指導者には、静かに勉強する時間も必要です。あの半年間でそのことに気づいたのは大きかったですね。もし予定通り2020年に(五輪の試合を)やっていたら、今年の試合とは違う結果になっていたかもしれないと思うくらいです」
ソフトボールの知識や情報を貪欲に吸収する傍らで、選手との意思疎通の方法も模索した。コロナ禍では全員が1つの大部屋に集まってミーティングを行うことは難しい。過去の代表合宿で実施してきたような1対1の面談もしづらくなる。これまでとは異なる環境の中で、どうしたら選手たちとうまくコミュニケーションが取れるのか、どうしたら選手たちに自信を持たせられるのか……。それを日々、真剣に考えた。
チームをつなげた宇津木監督の秘策
その一手がタブレットの導入だった。日本ソフトボール協会の了解を取り付けた宇津木監督は、2020年11月の代表活動再開時に、チームの全員に端末を配布。それを使いながらリモートミーティングなどを実施するようになったのだ。
オンラインであれば、距離は関係ない。当時、アメリカから出国できなかったコーチのカサレス・ルーシーさんもオンラインで参加し、スタッフ同士の意思疎通も密になった。他競技ではこの頃、スタッフ間のクラスターが発生したケースもあったが、ソフトボールの代表チームでは感染が広がることがなかった。
映像やデータを使った研究も容易になった。これまではプロジェクターを使って大型画面に映し出し、全員で見ながら議論をすることが多かったが、それだとどうしてもチーム全体にフォーカスすることが多くなる。一方、タブレット端末を使えば、個々の選手に課題や改善点を提示しやすいし、グループやポジションごとのミーティングも開きやすい。こうした利便性はリモートならではだ。
「リモート活用の一番の変化は、選手たちが積極的に発言するようになったことですね。大人数が一堂に会するミーティングだと、お互いの顔色を見ながらになりがちです。うちの選手はみんな、よく話す方だと思いますが、それでも人前で話すのが苦手な選手はいる。そういう選手は、リモートだと他人が周りにいないので、リラックスでき、意見を言いやすくなります。効果は絶大でしたね」