酒に飲まれるタイプだったニクソン

なにより情けないのは、世界最高権力者であるアル中男の飲みっぷりが、男らしくなかったことだ。

ブノワ・フランクバルム著、神田順子/田辺希久子/村上尚子訳『酔っぱらいが変えた世界史』(原書房)

一九一三年に厳格なクエーカー教徒の雑貨商の息子として生まれた彼は、体罰があたりまえの環境で育った。

嘘をつくこと、酒を飲むこと、悪口を言うこと、人をだますことは許されなかった。

はじめてアルコールを口にしたのは大学二年のとき、サンフランシスコの酒場でのことだった。記録によれば、飲んだのはヘンドリックス・ジン、レモンジュース、シュガーシロップ、炭酸水で作るカクテル「トム・コリンズ」とされる。

だが酒のほんとうの力を知ったのは、海軍に入隊した一九四三年のことだ。ニクソンの回顧録では、中尉時代に部下にオーストラリア製ビールをふるまったことが自慢気に記されている。

実際には、「リッチー」はひどいアルコール・アレルギーだった。

一、二杯飲めば常軌を逸した言動に走り、翌朝にはなにも覚えていないのだった。

一九五九年七月、アイゼンハワー政権の副大統領に就任したニクソンは、大統領の弟ミルトン・アイゼンハワーとともにモスクワに派遣される。

緊張のテレビ会見後、ニクソンは公式晩餐会の前にマティーニを六杯あおった。

晩餐会では大儀そうなようすで態度も無礼だった。

ミルトンはすぐにこのことを兄に報告した。それでもニクソンは酔った勢いで持論を展開。カール・マルクスだって?──「浮浪者のように生きたアル中じゃないか(※4)

最高の名誉は自分の名がついたカクテルがあること

一九六四年、バリー・ゴールドウォーターが大統領候補に指名された共和党大会で、酔っぱらった姿をさらしたことも有名だ。

その四年後に自身が立候補した際、弁護士のジョン・ダニエル・アーリックマンに補佐官就任を打診した。これに対するアーリックマンの回答はこうだった。

「あなたはアルコールに弱すぎる。これが問題になるようなら、仕事や家族を犠牲にしてまで引き受けるつもりはない(※5)」。

ニクソンは酒を断つことを約束し、アーリックマンは要請を受け入れる。

そしてウォーターゲート事件に連座して一八カ月服役し、終身弁護士資格を剥奪されることになる。

アーリックマンはのちに恨めしげにふりかえっている。

「疲れていれば一杯で大の字になってしまう。そうでないときも、二杯半で十分だ。それで、わたしがこれまで出会っただれよりもひ弱になってしまう(※6)」。

大統領就任後、ニクソンはジャーナリストのセオドア・ホワイトに対し、酒はもうやめる、夜中に電話がかかってきても明晰な判断ができないから、と語っている。

自分のことをよくわかっていたのだ。だが意志薄弱だった。

ひどいときには昼すぎまで執務室に行けない。ろれつがまわらないので、ある夕食会では秘書に自分の考えをゴールドウォーターに「通訳」してもらうほどだった。

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ニクソンにとって最高の栄誉は、その名を冠したカクテルが存在することだろう。

ウイスキー三〇ミリリットル、プラムリキュール三〇ミリリットル、ピーチアルコール五ミリリットルをシェイクし、カクテルグラスに注いでピーチとチェリーを添えればできあがり。

一九六九年の訪英の際、ロンドンのアメリカン・バーが大統領のために考案した飲み物で、“ディック”はこれを滞在先のホテル「クラリッジ」に届けさせた。これが彼の最大の遺産であることはまちがいない。

〈原注〉
※1 The Arrogance of Power : The Secret World of Richard Nixon. Anthony Summers. Viking Penguin. 2000.
※2 Les Derniers jours de Nixon. Bob Woodward et Carl Bernstein. Robert Laffont. 1976.
※3 Nixon’s Darkest Secrets : The Inside Story of America’s Most Troubled President. Don Fulsom. Thomas Dunne Books. 2012.
※4 Nixon off the Record. Monica Crowley. Random House. 1998.
※5 Drinking In America. Susan Cheever. Twelve. 2015.
※6 The Nixon presidency. Kenneth W. Thompson. University Press of America. 1987.

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