音楽と研究の共通点

その後は自分で決めた通り受験勉強に励み、東京大学に進学。教養課程でさまざまな学問に触れた結果、専門過程では「人に興味があるから」とバイオサイエンスの分野を選んだ。人を人類学や心理学の面からではなく「細胞から攻めてみよう」と考えたのだ。この選択が2つめの転機となり、のちにキャリアの出発点にもなった。

写真=本人提供
ピアノは3歳から習い、その後バイオリンやフルートにも挑戦。

「思えば、ピアノをやめてバイオサイエンスの道へ進んだことが、その後の人生を大きく変えました。でも私の中では、音楽も研究もゼロからつくるという意味では同じようにクリエーティブ。研究開発職に就いてからも、その共通点がやりがいにつながっていました」

卒業後は、モノづくりに研究の面から役立ちたいと三菱化成(現・三菱ケミカル)に入社。専門を生かして農業分野の研究開発に携わり、農家や製造現場へ足を運んでは意見交換する日々が続いた。

この時期、一番うれしかったのは農家や農協の人々が信頼してくれたこと。失敗も多かったそうだが、交流を重ねるうちに「華房さんの話を聞いておけば大丈夫」という評判が広がった。一生懸命やっていれば見てくれている人は必ずいる、信頼関係は日々の積み重ねからできる――。このときに得た気づきや喜びは、今でも仕事の支えになっているという。

「付箋」が手放せないほどの忘れん坊

もちろん、新人時代には大失敗をしたことも。時間をかけてやっと完成させたサンプルを出張先に持って行き忘れたこともあれば、海外出張なのにパスポートを忘れて空港で大慌てしたこともある。

華房さんのPCに貼られた大量の付箋と仲間たち。(写真=本人提供)

サンプル事件のときは、出張先でそれを使った試験が始まる直前に忘れたと気づき「目の前が真っ暗になって一瞬思考停止した」と笑う。またパスポート事件では、翌日のプレゼンに備えて最終便で現地入りする予定だったのができなくなり、翌朝の早朝便に飛び乗ってギリギリの時刻に駆けつけた。

もともとおっちょこちょいなタイプで、子どもの頃から忘れ物や落とし物が絶えなかったという華房さん。自覚はしていたものの、これらの失敗以降はさらに気をつけるようになり、忘れてはいけない物事は全部付箋に書いて目につきやすい場所に貼っておく習慣がついた。

「だからPCの周りは付箋だらけですよ。海外出張が近いときは、ドアにも『パスポート』と大きく書いた付箋を貼っています。忘れん坊なのは仕方がないのでそうやって対策をします。加えて、他の何を忘れてもお金で買えないものだけは忘れちゃいけないって自分に言い聞かせています」