コロナ禍で買い手がつかない魚「何とかしたい」

こうした心境の変化の背景には、自分の技術や経験、知識に自信がついてきたことがあるという。今では、会社の収益に大きな貢献もできるようにもなった。IT業界から、鮮魚販売の業界に飛び込み、魚の見立てもさばき方もわからなかった20代の森さんと、今の森さんはまったく違う。

森さんが自分でも「大きく変わった」と感じるようになったきっかけが、2020年に始まったコロナ禍だ。

愛知県では、2020年4月に最初の緊急事態宣言が発出され、飲食店に休業要請が出されて売り上げは大幅に落ち込んだ。寿商店も例外ではなく、鮮魚の卸売業はもちろん、12店舗を展開する居酒屋「下の一色」などの飲食業も大きな打撃を受けた。

「(2020年の)4月、5月ごろに市場に行くと、いい魚が入っているのに値段がものすごく下がっていたんです。漁師の友達は、魚を取っても買い手がつかないので『漁に出られない』と嘆いていましたし、クルマエビの養殖業者さんも『これ以上大きく育てても売れないし、お金がかかるばかり。まだ小さいけど安くするから買ってくれないか』と。そうした状況を見て、何とかしたいと思ったんです」

「おまかせ鮮魚BOX」に注文が殺到

「こんなに安くて新鮮な魚介類なら、きっと食べたい人はいるだろう」と考えた森さん。まずはSNSで友達に向けて、市場の様子を写真で見せながら「こんなに立派な天然の鯛が1000円で買えるんだよ。欲しい人は送るよ」と呼びかけたところ、大好評だった。

「おまかせ鮮魚BOX」の中身の一例(写真=森朝奈さん提供)

「これほど需要があるんだ」と感じた森さんは、翌日には商品ページを作成してSNSで発信、下処理済みの旬の魚介類を詰め合わせた「おまかせ鮮魚BOX」の販売を開始した。

通常であれば料亭や旅館、ホテルなどに販売されるような、新鮮で質の良い魚が、家庭で調理しやすいよう下処理済みで家に届く。「巣ごもり需要」にもマッチした。東海エリアのすべてのテレビ局で取り上げられたほか、SNSでも話題になり、1日2000件もの注文が入る人気商品になった。

「おまかせ鮮魚BOX」の一例。魚は下処理が済んだ状態で、お勧めの食べ方なども記されている(写真=森朝奈さん提供)

森さんは、ネット通販の売り上げを伸ばすために、YouTubeのチャンネル「魚屋の森さん」も開設。魚のさばき方や魚料理レシピの合間に、「おまかせ鮮魚BOX」などのネット通販の商品を紹介したところ、これも売り上げに貢献。2020年のネット通販全体の売り上げは、2019年に比べて10倍に増えた。

「居酒屋などの飲食の売り上げは、今でも平年に比べて6割減ですが、それを補填ほてんしてくれる売り上げを自分で作ることができたのは、本当に大きな自信になりました」

YouTubeチャンネル『魚屋の森さん』では、鮮魚BOXの魚の調理法を紹介する動画も公開した

これまで、会社の組織作りや広報活動などで成果を上げてはきたものの、コロナ禍になって初めて、自分が起こした行動が売り上げに直結し、会社を救うことになったのだ。

毎日、父の嶢至さんに同行して魚の目利きを学んできたこと。SNSの情報発信に力を入れてきたこと。父の反対を押し切って受発注業務のシステム化を推し進めたこと。今までやってきたことすべてが実を結んだ。「『カードを切るのは今だ』と、タイムリーに新商品を出す判断ができ、売り上げにつなげられたのは大きかったです」