党内はまとまりを失っており、選挙という目標が目前にあっても一枚岩になれない。これまでのメルケル政治を否定する勢力と、継承していこうとする勢力が反目している。旧東独のチューリンゲン州では、はっきりと反メルケルを標榜するCDUの党員が立候補しているし、面従腹背組はさらに多い。

ここまで分裂した党が、ラシェット氏の求心力などでまとまるわけもなく、ましてや、国民の支持を得られるわけもない。しかも、そのラシェット氏さえ、最初のメルケル路線を離れて、少し距離を置こうと試みている状態だ。

この党内分裂の責任がメルケル氏にあることは間違いないが、ただ、私が抱く疑念は、メルケル氏がこの状態を故意に誘導したのではないかということ。つまり、党の分裂はホームメイドというより、メルケル・メイド?

16年間のメルケル政治を振り返ると…

16年間のメルケル政治の決定事項をいくつか時系列で挙げてみる。

2005年の政権成立後、すぐに着手したのが託児所の増設。3歳児未満の子供のための託児所の数は、2006年の28万6000カ所から、2020年には82万9200カ所に増加(これからもまだ増える)。また、一歳児を預けたい親には、必ず託児所が保証されるという法律もできた(まだ実現はしていない)。

川口マーン惠美『メルケル 仮面の裏側 ドイツは日本の反面教師である』(PHP新書)

2011年に、2022年末までの脱原発を決定。
2012年に、徴兵制の停止を決定。
2015年9月、中東難民に国境を開き、その年だけで89万人(公称)の難民がドイツに流入。
同じく2015年、企業の上層の女性を増やすため、大企業の監査委員会での女性の割合を30%にすることが決まり、2021年にはそれを役員会にも適用。
2017年には、同性婚が合法化され、従来の結婚と完全に同格に。

その他、中国との関係が密になり、貿易が破格に伸び、ドイツ経済が不可逆的なほど中国に依存するようになった。LGBTやダイバーシティが推進され、また、地球温暖化対策として、カーボンニュートラルの達成のため、さまざまな強硬な規制が進められている。

原発擁護だったはずが「脱原発」へ180度転換

ここまで書くと、読者も気づかれると思うが、これらはすべてSPDや緑の党など左派の政党が主張していた政策だ。実は、メルケル首相は、環境大臣だった頃も、その後、野に下っていた間も、一貫して理路整然と原発擁護を貫いていた。また、CDUは本来、国防を重要視している政党なので、徴兵制の廃止や、難民に無制限に国境を開くということもありえない。ましてや同性婚の合法化に至っては、絶対に譲れない保守の砦と言っていたのだ。ところがメルケル首相は自身の権力が安定したら、それらをことごとく覆していった。