「頑張れ、頑張れ、頑張れ!」
スタンドから日本チームの大声援が巻き上がる。日の丸が振られる。
「頑張れ、頑張れ、頑張れ!」
懸命の泳ぎがどこまで持つのか。心配で心配で堪らない。止まったら溺れてしまうような儚い泳ぎ。
「頑張れ、頑張れ、頑張れ!」
夢をつかみ取るんだ。メダルを首にかけるのだ!
イップが先にゴール。山田は遅れるものの、3位とは大きな差をつけている。
そのまま泳ぎ切れ。

「もう少し、あと少しだ!」
とうとう山田がゴールした。頭を壁にゴツンとぶつけるゴール。痛いことも忘れる嬉しい2着だった。

「お父さん、私もカッパになったよ」

東京パラリンピック2020で最初のメダルは山田が獲得した。それも日本のパラリンピック史上最年少のメダルだ。

プールから上がると、プールに向かってお辞儀をした山田。
「私を泳がせてくれたプールに感謝しました」
ありがとうプール。ありがとう、水。山田を自由に羽ばたかせたプール。自分の存在  意義を高らかに誇ることができたプールにお礼を言ったのである。

「メッチャ、楽しかった。泳ぐことは楽しい。パラリンピックでも楽しく泳ぐことができた。それが嬉しい」

天国にいる父親に銀メダルを取れたことを報告した。
「俺はカッパだった」と言った父に、山田は言った。
「お父さん、私もカッパになったよ」

50m背泳ぎでも銀メダル。コーチの首にかけて上げたい

山田の東京パラリンピックは100m背泳ぎで終わったわけではない。8日後に50m背泳ぎが行われる。50mのほうが得意な山田。イップに競り勝って金メダルを獲得したい。50mまでの1週間、山田はスタートの強化を図った。両腕を使えるイップは後半に伸びてくる。であれば、スタートダッシュして、前半にできるだけリードを作っておきたい。

9月2日午後7時。山田は再び電動車椅子に乗って東京アクアティクスのプールに登場した。コースに到着し、プールに向かってお辞儀をする山田。

「これで私のパラリンピックも最後。プールに泳がせていただきますと言いました」
  仰向けになって足をスタート板に付ける。できるだけ膝を曲げてキック。100m同様、好スタートが切れた。トップを泳ぐ山田。

予選では右足が上手く動かず、自分にとっては予想外に悪いタイムだった。これをわずか8時間の間に修正。強く蹴ろうとせず、リズムにのって動かすようにする。決勝ではスムーズに右足が動くようになった。

イッチ、ニッ、イッチ、ニッ、イッチ、ニッ……。
「リズム良く、テンポ良く、気持ちよく。そう思って泳ぎました」
もう周囲は気にならない。自分の呼吸、自分が泳ぐ水の音、それだけしか聞こえない。横のイップのことは見えないし気にしない。