専業主婦が妬ましい

残業が続いたある日のこと、寝不足で朦朧としながらコンビニに行くと、ベビーカーを押す同年代の女性がいました。ヒラヒラの服を着て、髪を巻いて、きちんとお化粧をして、彼女そっくりの素敵なお母さんと楽しそうにお買いものをして……。ああ、きっと私の会社の男性社員の専業主婦の奥さんもこんな感じなんだろうな。彼女たちは王子様に大切にされるお姫様で、自分は王子様に仕える奴隷のような気がしました。

笛美『ぜんぶ運命だったんかい おじさん社会と女子の一生』(亜紀書房)

「大丈夫だよ、需要が違うんだから」というルミネの広告が頭をよぎりました。

私はひとりぼっちで働いているのに。一生この戦いから降りられないのに。

私の妬みは男性社員の奥様にも向けられました。私が働いているあいだ、上司や同僚の奥様たちは、家でのんびりお昼寝してワイドショーでも見ているのかな?

奥様たちは立派で甲斐性のある旦那さんがいて、「幸せな女性」として世間的にも認められているのだろう。男性社員とその奥様は、家族を持ち子孫を残せる。でも私は残せない。彼氏すらできない。それは私という人間が、淘汰されるべき劣った人間だからなんだ。

いま振り返ると、まるで「インセル」と呼ばれる女性を憎悪する非モテ男性のような発想をしていました。完全におかしかったです。私も。私を取り巻く社会も。

名誉のない「名誉男性」

私のような女性のことを「名誉男性」というのでしょうか。でもそこに名誉なんてなかった。あのときの私の心情には、「欠落」「欠陥品」「不良品」という言葉が、いちばん当てはまっていました。そんなに辛いなら、とっとと辞めろよと思われるかもしれませんが、自尊心が地に落ちた人間は、どこにも行けないのです。というか世界の中に職場しか居場所がないのです。私を育て、承認し、お金をくれる場所を、どうして捨てられるでしょうか。

私のメイン世界を構成する男性は、その世界の外にいる女性よりも、ずっとリアルでした。彼らの世界をおかしいと思うことは、自分の属する世界を否定するようなことでした。男社会の外にいる女性たちとの接点も、あまりにも少なすぎるのでした。

たまに接する「外の女性たち」の情報といえば、彼女の惚気話、OB訪問に来る女子大生、奥さんの愚痴、ヤった、ヤリたい女の話でした。いま思えば男性のフィルターを通した女性しか見えていなかったのです。

本当は女性が自分のしたい生き方を実現できない社会の方が問題なのに。私は男社会で別の役割を演じる女性に、恨みの矛先を向けていました。それが女性を分断して団結できないようにする男性社会の思うツボであることも知りませんでした。

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