頭はめちゃくちゃいい西村大臣が決定的に欠くEQ(共感能力)とは
EQという概念を考案したエール大学のピーター・サロヴェイとニューハンプシャー大学のジョン・メイヤーによると、EQの5大要素は以下の通りだ。
1.自分の感情を正確に知る
2.自分の感情をコントロールできる
3.楽観的にものごとを考える
4.相手の感情を知る(いわゆる共感能力である)
5.社交能力(これを身につけるためには、上記4つの要素を満たす必要がある)
アメリカでは、IQ的な知的機能が高い人間は社会で成功するはずだという暗黙の了解があるが、その一方、感情のコントロールが悪い、対人関係能力が乏しい、といった人々はいくら学歴が高く知能が高くても、世間での成功は難しい、と見なされるようになってきた。
ビル・ゲイツにしても、パソコンのプログラミングの天才的な才能だけでなく、スポンサーやビジネス・パートナーを見つける才能があったから成功したのだろう。
今回の発言も、そうでなくても窮状にある飲食店に対し、さらに金融機関を使って締め上げて言うことを聞かせるという傲慢と受け取られても仕方のない発言が、世論、とくにネット空間に火をつけたと考えられる。
IQ的な知能は高くてもEQ的な知能が低かった
相手の立場に立って相手の心理を想像するというのが共感能力の基本なのだが、それが決定的に欠如していた、つまりIQ的な知能は高くてもEQ的な知能が低かったということだろう。
西村大臣に限らず、コロナの感染防止のために飲食・会食が目の敵にする風潮が世の中にはある。コロナへの恐怖心ゆえだろうが、これも一種の共感能力の欠如ではないかと私は考えている。
確かにお酒を飲んで会食をすると大声になりがちだ。マスクもはずすかもしれない。しかし、一般大衆にとってそうした家の外での飲食の回数はそう多くはない。各種調査をみても、外食をする頻度は平均週3回だが、「夕食の外食」は月に2~3回だという。あくまで私見だが、これを禁止したところで大した人流の抑制にならないと思われる。
しかし、政治家は毎日のように、人によっては一晩で2、3件の会食をはしごすることが珍しくないという。自分たちの尺度でものを考えるから、会食や酒席を止めれば人流が止まると考えるとすれば、これもまさに共感能力の欠如である。
それよりは満員電車をどうするか、テレワークをどう普及させるかのほうがはるかに人流を抑え、感染予防効果が高いのは明らかだと言っていい。
永田町界隈の政治家にとってはしご酒は半ば義務的な日課のようなものかもしれないが、一般大衆は月に2、3回であれば、メンタルヘルスを保つための息抜きや自分へのご褒美のような要素も大きいはずだ。
外食や酒を伴う飲食、それも夜に限って目の敵にするのが、自分たちの尺度で考えた結果だとすれば、これもまさしく共感能力の欠如と言わざるをえない。