独裁者は部族主義を直観的に理解していた

そしてその結果、以下のナショナリスト的神話モデルにかかる三つの仮説が導きだされる。第一に、指導者はしばしばナショナリスト的神話づくりで国民の排外的ナショナリズムを駆りたて、拡張的政策への支持を調達しようとする(仮説①)。

第二に逆にしばしば国民は、指導者のナショナリスト的神話づくりで排外的ナショナリズムを駆りたてられ、指導者に拡張的政策への支持を与える(仮説②)。

第三に指導者はしばしば、自らが引き起こした排外的ナショナリズムに対外政策の自律性を拘束される(仮説③)。

上記の仮説①と仮説②を導きだす上で重要なのは、人間には生来、部族主義の心理メカニズムが備わっているので、指導者はそれに乗じて排外的ナショナリズムを喚起するような好戦的政策をとり、国民から政治的支持を得ようとするということである。

旗の下での結集効果(rally-round-the-flag)の論理が、部族主義をめぐる進化政治学的知見で裏付けられているのはこうした理由による。

政治的指導者は国民やエリートが部族主義的であることを直感的に理解しているので、このことに乗じてナショナリスト的神話づくりに勤しむ。こうした意味において、国民の心に潜んでいる部族主義に乗じていたヒトラーや松岡洋右といった扇動的指導者は、直感的な進化政治学者だったのである。

こうした点について、リアリストのミアシャイマーは実に鋭い指摘をしている。

「ナショナリスト的な神話」を作る行為というのは、単にエリートがニセの話をでっち上げて国民に広めるだけのものではない。実際のところ、国民というのはこのような神話に飢えているのであり、彼らは自分たちが善なる存在で、敵対する国が悪の権化であるような、過去についての話を聞きたがるものだ。よって、「ナショナリスト的な神話」というのは、実質的には社会の階層の上にいるエリートからだけでなく、下にいる国民の側からも促されるものなのだ。

ナショナリズムを適度にコントロールするのは困難

仮説③の論理を理解するためには、必要かつ適切な量のナショナリズムを生みだすという巧妙な策を講じるのは通常困難だということを踏まえる必要がある。

つまるところ、しばしばナショナリスト的神話づくりは横滑りして、国民は指導者が志向するレアルポリティーク(理想ではなく、利害によって行使される政治権力の在り方)を阻害するほどの過度な排外的ナショナリズムに熱狂するに至るのである。

たとえば中国政府は普段、学校教育やメディア操作を通じて反日・反米感情や領土をめぐる愛国主義的感情を煽っているが、国民の排外的ナショナリズムが政府のレアルポリティークを阻害するようになると、それをコントロールして国民の怒りを鎮めようと熱心になるのである。