戦前の日本が「間違っていた」とするのは思考停止である

1941年12月8日(日本時間)、ハワイ、オアフ島の真珠湾に停泊するアメリカ太平洋艦隊に、350機の日本海軍の攻撃機が奇襲を仕掛けた。真珠湾奇襲である。

真珠湾攻撃
写真=culture-images/時事通信フォト
真珠湾攻撃=1941年12月7日

多くの日本人は、真珠湾奇襲に由来する太平洋戦争あるいはそれに至る戦前の日本政治外交が道徳的に「間違っていた」と教えられる。しかし単に何かが悪かったと感情的に論じるのは思考停止に他ならない。そうではなく、我々はなぜ、いかにして当該事象が起きたのかを客観・中立的そして理性的に考察する必要がある。

そこで本稿では「進化政治学(evolutionary political science)」に依拠して考察を行う。日本で進化政治学をめぐる包括的なテキストは、拙著『進化政治学と国際政治理論 人間の心と戦争をめぐる新たな分析アプローチ』(芙蓉書房出版、2020年)が唯一だが、本稿で用いるのはその中で構築した「怒りの報復モデル」である。

本稿は論争的であることを承知で、真珠湾奇襲をめぐる一つの「不都合な真実」を明らかにしたい。それは、真珠湾奇襲は軍国主義の病理や戦前社会の未成熟さといった日本に固有の要因ではなく、怒りという普遍的な人間本性(human nature)――この際、ハル・ノートにより引き起こされたもの――に起因していたということである。

「怒り」という感情により起こされた攻撃行動の一例に過ぎない

怒りに駆られた攻撃行動が普遍的な人間本性であることは、以下の重要な史実の存在を振り返るだけで容易に理解できる。

伊藤隆太『進化政治学と国際政治理論 人間の心と戦争をめぐる新たな分析アプローチ』(芙蓉書房出版)
伊藤隆太『進化政治学と国際政治理論 人間の心と戦争をめぐる新たな分析アプローチ』(芙蓉書房出版)

たとえば、歴史家の堀田絵里はハル・ノートと真珠湾奇襲が鏡写しの論理で理解できると主張している。すなわち、ハル・ノートとは「戦争をほぼ決意した日本が、無自覚ながらアメリカに撃たせた『最初の一弾』」であり、これにより「『ABCDパワーが日本を迫害している』という、日本の受難ありきの主観的な物語に、一気に信憑性が増した」のである。

別の例を挙げれば、第一次世界大戦後、戦争責任を負ったドイツに圧倒的に不利に構築されたヴェルサイユ体制に対する、ドイツ国民の憤りがなければ、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)は戦間期にドイツの国内権力を掌握できなかっただろう。

あるいは、9.11同時多発テロ事件が喚起した憤りがなければ、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)はアフガニスタン・イラク戦争への支持を調達できなかっただろうし、2005年1月、預言者ムハンマドの風刺画をめぐり、イスラム過激派が仏風刺週刊紙「シャルリー・エブド」本社を襲い、12人を殺害したが、これも憤りに駆られた攻撃行動の典型例である。

以上から分かることは、真珠湾奇襲は何も特異な事象というわけではなく、人間が普遍的に備えている怒りという感情により起こされた攻撃行動の一例に過ぎないということである。