政治現象は「狩猟採集時代」から説明される必要がある

進化政治学のパイオニアの一人、森川友義が説明しているように、進化政治学には、以下の3つの前提がある。

①人間の遺伝子は突然変異を通じた進化の所産で、政策決定者の意思決定に影響を与えている。
②生存と繁殖が人間の究極的目的であり、これらの目的にかかる問題を解決するため自然淘汰と性淘汰を通じて脳が進化した。
③現代の人間の遺伝子は最後の氷河期を経験した遺伝子から事実上変わらないため、今日の政治現象は狩猟採集時代の行動様式から説明される必要がある。

これら諸前提は数学でいう公理系のようなものであり、そこから演繹的に導きだされる知見が個別的な進化政治学理論となる。拙著『進化政治学と国際政治理論』では3つのモデルを構築したが、怒りの報復モデルはその一つである。

不当な扱いを受けると、敵国を罰さなければ憤りが鎮まらない

怒りの報復モデルとは、端的にいえば進化心理学における「怒りの修正理論(recalibrational theory of anger)」を国際政治理論のリアリズムに応用したものである。

ヒマワリ
※写真はイメージです(写真=iStock.com/ivz)

怒りは進化過程で備わった心の仕組みであり、その機能は怒りを抱く人間に有利な形で紛争を解決することにある。敵が自らを搾取しようとしていることが分かると、人間は怒りを覚え、攻撃により敵からの搾取を抑止しようとする(怒りのプログラム)。

それではいかにして、指導者個人の怒りが、国家という集団の攻撃行動につながるのだろうか。ここで示唆的なのがジョン・トゥービー(John Tooby)、レダ・コスミデス(Leda Cosmides)といった有力な進化心理学者が指摘する、「戦争とは本質的に協調的な企てである」という洞察である。

集団間紛争は集団内協調がありはじめて可能になるが、そのためには国内でフリーライダー問題が克服され、アクター間で対外政策をめぐるコンセンサスが達成されねばならない。それを可能とするのが怒り、特に憤り(outrage)という怒りが道徳化された形の感情である。

自国の地位や国益の軽視といった不当な扱いは、敵国が自国を搾取する意思を有していることの証左となる。敵国から不当な扱いを受けると、国内アクター(政策決定者・国民など)の憤りが喚起され、敵国の態度を改めさせたいという強力な動機が生まれる。搾取に対抗しないことは現状容認のシグナルとなり、さらなる搾取を誘発する危険があるため、国内アクターは悪しき敵国を罰すべきという選好に収斂する。