【青木】一方、そうした軍事独裁政権との政治的妥協だったため、韓国の民衆の意向などは完全に置き去りにされ、補償や権利などは完全に踏みつけにされました。

そんなものは韓国の都合じゃないかと言ったって、おおもとをたどれば戦前・戦中に日本が朝鮮半島を併合して統治して人びとに塗炭の苦しみを与えてしまったのがすべての問題の原点ですからね。

リアリティなき「反日」というレッテル

【青木】そう考えれば、一九六五年の諸協定ですべて解決ずみだと言い放ってふんぞりかえり、「韓国は約束を守らずにゴールポストを動かす」とか「いつまで歴史を持ち出して文句を言うのか」などと言い立てるのは、不当であると同時に不道徳だと僕は思っています。

また、そんな理由で韓国といつまでもいがみあい、日韓が緊密に連携を取れないのは政治的リアリズムの喪失です。日韓の人口を合わせれば二億人近く、両国の経済規模を合わせれば相当な経済圏となって強力な交渉力も持つことになりますから、米国や中国と向き合う際はもちろん、北朝鮮を交渉の場に引きずり出すためにも連携したほうがいいに決まっている。そんなリアリズムすら最近はない。

一方で安田さんの話にあったように、歴史的な経緯にまで視野を伸ばすこともないまま「沖縄好きな人が多いから差別なんかしていない」とか「これほど韓国エンタメが流行ってるんだからみんな韓国が大好きなんだ」といった物言いも、いかにも物事を矮小化していて本質を見誤らせますよね。

もちろん沖縄を好きな人が多いとか、韓国文化を好きな人が多いというのは悪いことではないし、先ほど話したように、そこから新しい交流の回路が生まれてくることに僕は期待していますが、その前提として歴史的経緯への知識や人びとが現に置かれている状況への想像力を持たねばならない。でないと、おためごかしのきれいごとで現実から目を逸らし、差別などを黙認する風潮の背を押してしまうに等しい面がある。

「沖縄の新聞は反日だから」

【安田】青木さんの言われる歴史的な差別構造がまったく解消せず、さらにいびつに強化されているかに見えるいま、個別具体的な差別も新しいかたちで現れてきています。

ノンフィクションライターの安田浩一さん(撮影=西﨑進也)

五年ほど前の話になりますが、琉球新報の記者が東京支局勤務となって、都内の賃貸マンションを契約しようとしたら断られたんですよ。それは沖縄県民だからというよりも、家主から言われたのは「偏向新聞だから」「沖縄の新聞は反日だから」。たぶんその家主は沖縄の新聞なんか読んでないはずなんです。

つまり、ネットに出ている情報だけを拾ったんだと思います。

「反日」という物言いが僕はむかついて仕方がないんだけど、韓国にせよ、沖縄にせよ、必ず「反日」という言葉を用いることによって、ある種の色分けを考えている人びとがいるわけですよね。

ネットなんかの情報に左右されて、物事の判断基準の一つに「反日か親日か」みたいなことを持ち込む人が増えているのは非常に気になりますね。それこそ身勝手で一方的な分断です。