尾身会長「いまの状況でやるというのは普通ではない」

五輪開催に対する菅首相の思いはかなり強い。異様とも言える。新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、これまで何度も「いまの状況でやるというのは普通ではない」「いったい何のためにやるのか、しっかりと明言するのが重要だ」と批判しているが、それでも菅首相は五輪中止をおくびにも出さなかった。

政府が新型コロナウイルス感染症対策本部を開き、緊急事態宣言の解除を正式に決めたのは6月17日。この日の夜、菅首相は首相官邸で記者会見を行い、国民にこう呼びかけた。

「今後、何よりも警戒すべきことは、大きなリバウンド(感染再拡大)を起こさないこと」
「大事なことは、対策を継続して感染者数の上昇をできるだけ抑え、同時に1日も早くワクチン接種を進めて医療崩壊を起こさないこと」
「人類が新型コロナという大きな困難に直面するいまだからこそ、世界が団結し、人々の努力と英知でこの難局を乗り越え、五輪を開催していくことを日本から世界に発信したい」

要は菅首相が頼りにしているのはワクチンなのである。極端に言えば、五輪を安心・安全に開催できる根拠は、ワクチン接種しかない。確かにワクチンの効き目は高い。しかしながら、頼みの綱がワクチン1本しかないのに、五輪開催へと突き進むのは心もとない。

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「菅首相の野心」に日本全体が巻き込まれつつある

東京五輪は盛り上がりに欠けている。それは「復興五輪」のスローガンを失い、「コロナ五輪」「菅五輪」と化しているからだ。なぜ菅首相はそこまで五輪にこだわるのか。それは首相続投には五輪開催が欠かせないからだろう。

五輪後に自民党の総裁選と衆院選挙がある。菅首相は五輪を成功させて国民の人気を勝ち取り、この2つの選挙に打って出たい。両選挙に勝てば、首相を続けることができると考えているのだろう。

ただし、五輪が感染拡大で失敗した場合、菅首相と自民党の人気はガタ落ちとなるはずだ。その結果、立憲民衆党など野党が勢いを得て、衆院総選挙で大きく躍進するかもしれない。野党らが政界再編の中心となり、反自民政権が再来する可能性はゼロではない。

しかし、3.11の東日本大震災と福島原発事故での旧民主党の対応のまずさとひどさを思い出すと、それだけは避けたい。野党の支持率は決して高くない。多くの国民は政権の安定を期待しているのだ。それなのに、「五輪開催」という賭けに出るのは、菅首相の野心だろう。日本全体がそれに巻き込まれつつある。