直接顧客とつながり、コミュニティを育む

(5)気候変動対策

アップルは2030年までのサプライチェーンのカーボンニュートラル(CO2排出量と吸収量を合わせてゼロの状態)にコミットしました。これにより、今後はアップルに部品を提供しているサプライチェーン全体をカーボンニュートラルにすることを目指すでしょう。EVであるアップルカーは、アップルのこうした取り組みを象徴するプロダクトとも言えます。もし日本の自動車メーカーがアップルカーの受託生産を請け負うことになれば、当然、カーボンニュートラルへの対応を迫られることになります。

田中道昭『世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』(日経BP)
(6)ディーラーに代わる新たな販売網

アップルカーは売れるのか。あるいはどう売るのか。そこはいまだ未知数ですが、ここではテスラやペロトン(第6章参照)が先行事例となるでしょう。

アップルは、テスラ、ペロトンと並んで高いNPS(ネット・プロモーター・スコア)を誇っています。この3社の共通点は、D2C(Direct to Consumer)の会社であること、そしてリアル店舗を持っていることです。ただしリアル店舗といっても従来の小売、非デジタルネイティブの会社とは一線を画しています。そこは顧客体験を作る場であり、コミュニティを作る場所なのです。

ペロトンはオンライン販売のみならず、全米24のモールにリアル店舗を展開しています。それはフィットネスバイクを売るためではなく、顧客とのリアルな接点を作り、試乗体験などを通じて優れたカスタマーエクスペリエンスを提供するためです。テスラも同様にディーラー網を持たず、現在はインターネット販売と直営店のみです。

アップルもアップルカーを販売するために同じ戦略を取るのではないでしょうか。すなわち、既存の自動車産業がディーラーを介した販売を行うのに対し、アップルは直接、顧客とつながろうとする。またアップストアと同様、アップルカー用のリアル店舗を展開してくると予想します。ただし、その店舗はセールスのための拠点ではなく、顧客に対してカスタマーエクスペリエンスを提供する場であり、コミュニティを育む場です。

店舗とディーラーが果たす役割は決定的に変わる

こうした新しい販売の形は、日本の自動車産業に対する大きな問いかけでもあります。

「もう店舗はいらないのか、ディーラーはいらないのか」と結論を急ぐ必要はありません。すぐにリアル店舗がなくなることも、車を販売する人が不要になることもないでしょう。

ただし、店舗とディーラーが果たすべき役割は、従来と決定的に変わるはずです。ただ売るための場所、売るための人のままではいられません。これからは大切なのは、コンシェルジュ的に顧客に寄り添い、関係を深めていくことです。

アップルカーはおそらく、販売とサブスクリプションの両面で展開してくるに違いありません。サブスクは、単なる月額支払を意味するものではなく、長期的・継続的な関係性を顧客との間に築くための手段です。「売って終わり」にせず、売ったあとも顧客に伴走し、関係を構築していく。そのようなディーラー、セールスパーソンのあり方が問われてくる。アップルカーがもたらすインパクトは、それほど大きなものです。

アップルカーの特徴を「理想の世界観」実現ワークシートに落とし込んだものが図表2です。従来の自動車産業と比較して、アップルカーがどれだけ顧客視点に根ざしたものであるのか、おわかりいただけると思います。

画像=『世界最先端8社の大戦略』
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