この時はまだ新店舗を出すまでの構想はなかった。でも、希望を叶えようと2018年3月、鎌倉市内の店舗で夕方2時間だけ、手話だけで接客をする「イベント」を開いた。希望した聴覚に障害のあるパートナー7人が、接客した。

皆が生き生きと働く姿を見て、林さんは思った。「障がいのあるパートナーが100%の力を出し切れる職場を会社としてつくれているだろうか」と。

「聴覚障がいのあるパートナーは以前から健聴者と同じ接客業務をしていました。ただ、一つの店舗に1人、多くても2人というケースが多く、マイノリティー(少数派)です。サイニングストアを望む声が上がった背景には、マイノリティーとして働く中で感じた、疲れやもっとできるという気持ちがあったのだと思います」(林さん)。

撮影=プレジデントオンライン編集部
店舗立ち上げに関わったマーケティング本部Social Impactチームの林絢子さん

「何を話しているんだろう」店長の戸惑い

nonowa国立店のストアマネージャー(店長、取材当時)、伊藤真也さんはマイノリティーとして仕事をするしんどさを体験した。伊藤さんは健聴者で、nonowa国立店がストアマネージャーとして働く4店舗目の店だ。

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ストアマネージャーを務めた伊藤さん。当初はパートナーとのやりとりに苦労したこともあった

「鎌倉でサイニングストアを時間限定で開いた時、健聴者が店長の僕1人だったんです。当時は手話もできなかったから、彼らが手話で雑談して笑い合う姿を見て『何を話しているんだろう』とすごく気になり、業務に集中できなかった。疲労感がありました」。聴覚に障害のあるパートナーから「なんで伝わらないんだろう」と思われているのでは、と疑心暗鬼にもなった。

会社としてもサイニングストアオープンに挑戦したい、という思いが募り始めた。最初は2時間、次は半日、そして一日やったらどうなるか――。少しずつトライアルの時間を長くし、場所も住宅街からオフィス街の西新宿までさまざまなところで計7回試した。

最初のトライアルから約1年後の2019年3月、サイニングストアオープンに向けたプロジェクトチームができた。店舗開発や人事、営業といった社内のほぼ全ての部署が関わり、新店の詳細を詰めていった。

サイニングストアを構える街は国立を選んだ。新宿から快速列車で30分ほど、一橋大学など文教地区としても知られる。そして、市内には立川ろう学校がある。林さんはろう学校に行き、生徒たちがどんな進路を歩むのか、聞き取りも行った。将来、接客業に就きたいと考える生徒が、サイニングストアで働く従業員を見て、可能性を感じてほしいという願いもある。

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nonowa国立店の様子。お昼時は満席になることも多い