社会を変えたくない人が好きなのは諸葛亮

【安田】調べてみると、毛沢東は1954年に「曹操は素晴らしい政治家かつ軍事指導者であるのみならず、素晴らしい詩人でもあった」と発言しています。ベタ褒めですね。

撮影=中央公論新社写真部

【渡邉】毛沢東はもともと、始皇帝や曹操のような法家(法による厳格な政治を求める思想)的な人物を高く評価していたという事情もありますが、それ以上に個人的に曹操が好きだったはずです。お互いに詩人ですから。

【安田】中国の帝王で、かつ文学史上でも一流レベルに入る人は曹操と毛沢東しかいませんから、共鳴するものがあるのかもしれません。

【渡邉】曹操の文学は非常に素晴らしいものです。日本でも、たとえば中曽根康弘さんがサインするときは「老驥 櫪に伏すも、志は千里に有り」と、曹操の詩「歩出夏門行」を引用している。東晋の大将軍だった王敦も、酔っぱらうと唾壺(だこ)を叩きながらこれを歌う癖があって、ついには壺のフチを全部欠けさせてしまったといいます。私自身も含め、この一節はみんな大好きなのです。

【安田】「文」が重視される中国の統治者として、一流の文人である曹操の評価が高くなるのは納得感があります。

【渡邉】そうですね。特に曹操の場合は、すでに権力を握っている人や、なにかを改革したい人からの評価が高い。毛沢東とか魯迅とかですね。いっぽう、社会を変えたくない人が好きなのは諸葛亮です。朱子学で知られる朱熹などは、諸葛亮が大好きですから。

【安田】現在の指導者である習近平は「毛沢東の影響が強い」とよく言われますが、保守的な性格のためか、演説などで諸葛亮の「出師表」から何度か引用をおこなっていますね。他に帝王の書である『貞観政要』も好きだと聞いたことがあります。

【渡邉】歴史の人物の誰を高く評価しているか、どんな古典が好きかで、現代の政治家の個性まで見えてくるわけです。中国における「文」はなかなか奥が深いものでしょう?

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