読者は意外なほど気づかない

では、2条件を満たす伏線をひとつ思いつけば、作品はそれで成立するのだろうか。結論から言えば「ひとつで満足してはいけない」。なぜなら読者は意外なほど気づかないものだからだ。

10個伏線を張っても、良くて三つくらいしか読者は気付いてくれないし、覚えていてもくれない。頑張って伏線を張ったのに、半分も機能しないのではがっかりかもしれないが、そういうときは、イチローだって4割打てないのだから、と思ってあきらめるしかない。

新井久幸『書きたい人のためのミステリ入門』(新潮新書)

書き手にできる唯一のことは、上手い伏線の弾を数多く撃って、一つでも多くの手掛かりを印象付けること、それだけだ。

ミステリ新人賞の応募原稿を読みながら、惜しいと思うのは「おっかなびっくり張られた伏線」がまったく機能しないことだ。

安心して、フェアプレイで、大胆かつ繊細に伏線を張るのだ。大胆な伏線を張る秘訣は、この思い切りと、もう一つは手掛かりを「盛る」ことにある。単なる手掛かりとしてではなく、その手掛かりに何らかの要素や偶然を積み重ね、別の意図があるように見せたり、まったく意味を分からなくしたりと、「引っ掛かり」が残るようにすることが大切だ。それは同時に、「謎」の構築でもある。

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