あなたの幸せは何ですか?
改めて「なぜ自己啓発書やビジネス書を読んでも幸せにならないのか」を問いただしてみます。
そうなのです。
それは、そのような本の類いが「幸せの基準を他人に求めているから」なのです。
「話がうまくなりたい」「ビジネスで成功したい」「リーダーシップを発揮したい」「夢をかなえたい」などなどの評価基準が他人にある限り、目指すべき幸せは得られないのかもしれません。評価基準が他人にあるからこそ常に不安になるのは当たり前なのです。他人に比べて話がうまくなったり、他人に比べて出世したとしたら、今度はその他人が自分より話がうまくなったり、さらに自分より出世してゆく」なんて成功というよりむしろ無間地獄なのかもしれません。
幸福の基準を自分に置いてみましょう。
「近所の公園で仲良くなった猫にエサを与える」のに幸せを感じられるとしたら、それは誰とも比べようもない分じゅうぶん幸せなはずです。「一人で食べる『すきやばし次郎』よりも家族みんなで食べる『すき家』」のほうが大勢で分かち合える分幸せかもしれません。
幸せは見つけたり探したりするものではなく、感じるものなのですもの。
まだまだ続くこのコロナ不況で、ますます人の心はカサカサしがちですが、この「水屋の富」をはじめとして、やはり落語は裏切りません。相も変わらずドジでダメな人間ばかりが出てくるおなじみの笑いでぜひ癒やされてみてください。お客さんを多数招いての通常開催がまだなかなか開催できない日々が続きますが、私も含めてどの落語家もオンライン無観客配信など、過酷な環境の中涙ぐましく活路を見いだそうと頑張っています。
「幸せの基準を決めるのは他人ではなく、自分」。かみしめてみたいと思います。「他人の芝生は青く見える」のだとしたら、きっと「他人から見れば自分の家の芝生は青く見えている」はずですよ。