ドイツが進めたい天然ガスパイプライン計画

表向き、ドイツは今回のナワリヌイ氏に関するロシアの対応を強く批判している。一方本音では、ドイツはロシアに対して強く出ることができない。ロシア北西部のウスチルガから、バルト海経由でドイツ北東部ルプミンまでの約1200キロを結ぶ海底送ガス管プロジェクト、ノルドストリーム2計画をドイツは推し進めたいためだ。

写真=Nord Stream 2/Igor Kuznetsov
2020年9月1日、ロシアの上陸地でのパイプラインの建設が完了。敷設されたラインで、このボールバルブのような機器が現在試運転されている

ノルドストリーム2はすでに9割以上が完成、残る工区はドイツ側だけとなっている。エネルギーを安定的に確保したいドイツにとって、この計画の完遂は不可欠である。先の党首選で秋に退任するメルケル首相の事実上の後継候補となった与党・キリスト教民主同盟(CDU)のラシェット党首も、この事業の継続を支持している。

ドイツがこの計画を重視する裏には、温室効果ガス規制の存在がある。環境先進国とされるドイツは欧州でいち早く脱原発を進めてきたが、一方でこのことは温室効果ガスを出さない発電施設を失うことを意味した。再生可能エネルギーも伸び悩んでおり、比較的クリーンなエネルギーである天然ガスをドイツは是が非でも確保したいところである。

有権者の環境への意識が高い欧州では環境政党の力が強まっているが、ドイツはその最たる例だ。環境への配慮を名目にメルケル首相が推し進めた脱原発であるが、その実は環境政党へのけん制という政治的な要請に基づく決断だった。もはや脱・脱原発など不可能なため、与党CDUにとってノルドストリーム2の完工は文字通りの悲願となる。

目立つドイツのスタンドプレー

EUは環境規制に関するグローバルな主導権を握ろうと、そのルール作りに必死だ。またEU内でも、そうしたルール作りをどの国が先導するか政治的な争いがある。脱原発で温室効果ガス規制を実現する余地が狭まってしまったドイツとはいえ、この争いから離脱することなどできない。こうした複雑な背景をドイツは抱えているのである。

他方でEUは、人権や法の支配、民主主義といった価値観を重視する。そのため、そうした価値観を共有していないと判断した相手に対しては、身内に対しても手厳しい態度をとる。実際、政治が権威主義的な性格を強めているハンガリーやポーランドに対して、EUは制裁措置を辞さないという厳しいスタンスで臨んできた。

そうしたEUが重視する価値観と、ロシアによるナワリヌイ氏に対する処遇は相容れない。そうしたロシアが関わるノルドストリーム2の計画の中止の決議を、EUの立法府である欧州議会は採択している。また国境を接している関係や歴史的な経緯からロシアへの警戒感が強い中東欧や北欧の諸国も、この計画に慎重な立場である。