資本主義ですら中国共産党の管理下のままで成長してしまった
——洪秀全はキリスト教を中国化し、孫文はナショナリズムを中国化し、毛沢東は共産主義を中国化した……。
【菊池】中国的な文脈で物事を読み替えてこそ、初めて生命力が吹き込まれます。たとえば洪秀全の場合、「上帝(=神)」は外来の神ではなく、中国古来の神だと主張していました。明らかに誤ったキリスト教解釈なのですが、そうすることでこそインパクトを持ち得たわけですね。
——洪秀全から毛沢東まで「中国化」の話が続きましたが、より最近の話を考えるなら、鄧小平や習近平は改革開放政策という形で資本主義を中国化したのかもしれません。本来、自由な民主主義社会でこそ健全に発達するとみられていた資本主義が、中国共産党の管理下のままで成長してしまいました。時価総額が世界トップ10に入る大企業の創業者(アリババ創業者のジャック・マー)すら、党の意向次第で葬られかねないのが「中国の特色ある」資本主義です。
【菊池】外国人が、中国を理解しようとしてなかなか迫り切れない理由も、このあたりにあるように感じますね。
中国共産党のプロトタイプだった太平天国
——太平天国は南京を占領したあと、耕地を均等に分配する天朝田畝制度という、ちょっと後世の社会主義制度に似た構想をはじめ、極めて理想主義的な政策を打ち出すいっぽう、国民に対しては非常に抑圧的な体制を作り上げました。太平天国のこうした点も、中華人民共和国との類似性を感じさせます。
【菊池】実は今回、本書を書きながらずっと悩んでいたのです。なにかを取りあげて書籍を書くときは、対象にある程度は肯定的な態度を持つものでしょう。しかし、すくなくとも南京を占領してからの太平天国は、どこから見ても中国共産党のプロトタイプのような存在なのです。しかも本書の執筆中はちょうど、香港デモがはじまったころでした。
——香港の行く末を心配する立場に立てば、香港支配を進める中国共産党の先輩格と言っていい太平天国を論じる作業にはつらいものがありそうです。
【菊池】非常にしんどいですね。過去の太平天国の歴史を踏まえたうえで、現在の中国や香港の未来に希望を持てるかといえば、持てるような結果は生まれなかったわけですよ。そもそも、本書の副題に「皇帝なき中国の挫折」とあるように、太平天国は本来、従来の中華王朝の皇帝権力を中心としたトップダウン体制とは異なる統治体制を模索する運動としての側面もあったはずでした。しかし、結果的にはそうならなかった──。
——洪秀全は皇帝ではなく「天王」を名乗りました。他の幹部連中も、楊秀清が東王、蕭朝貴が西王、馮雲山が南王、韋昌輝が北王、石達開が翼王などとなっており(蕭朝貴・馮雲山は早期に戦死)、称号はみんな「王」ですね。
【菊池】太平天国に「皇帝」は存在せず、いるのは「王」だけ。一定の序列はあっても「王」たちは身分的には同じ存在で、制度的には共同統治体制だったんです。かつての中国においては特異な政体と言っていいでしょう。