定年後の企業戦士はネットリテラシーが低い

それ未満の世代、つまり30代から40代は、ナローバンドというネットが不自由の時代を経験し、ネットからの情報がいかに不正確で虚偽が多く、都市伝説と真実が織り交ざっている「楽しいが警戒すべきもの」であるかということを肌で経験している。

要するにネットユーザーの中でも、90年代中盤からゼロ年代初頭にかけてネット空間への接触があるものは、ネットそのものの技術革新と「問題」の歴史を経験しているので、いわばリテラシーが高い。筆者が高校生の時代、ネット上で本名を出すという行為は自殺行為とされ、あまつさえネットで物を買ったり、課金したりするという行為は禁忌に近かった。ネットは自由で楽しいが、それだけ危険であるという暗黙の了解があった。

ところがそれまでネットに疎く、退職後にいきなり高速回線の洗礼を受けた定年後の企業戦士には、こういった耐性というかリテラシーが低い。ネット情報を信用に足るものと考え、ネット情報への批判的精神が少なく、ネット動画での情報を真実と捉える傾向にある。

そして彼らが青年期・壮年期において、日本経済を下支えしてきた企業戦士であることを踏まえると、彼らは総じて勤勉で遵法精神が高く、勉強熱心である。しかしその「勉強」を勤務の中でする暇がなかっただけの事であり、退職して一気に時間的余裕が生まれると、元来知的刺激に飢えていることから、ネット動画を中心としたネット右翼的世界観をすぐさま受容するようになる。

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「実家に帰省したら父親がネット右翼になっていた」という現象の背景

よくある「実家に帰省したら父親がネット右翼になっていた」というのは、この系統に属するタイプである。彼らは基本的には生活の心配がなく、旺盛な購買力を持ち、無尽蔵ともいえる時間を有する。そして高精細で簡便に再生されるネット動画や番組に触れることによって、大量にネット右翼の界隈に出入りするようになる。彼らの退職前の企業名を聞くと、驚くような一流企業、上場企業、地域内での有名企業、または地位の高い公務員であったことが多い。

企業戦士として遵法精神が高く、自らの企業活動の下支えが日本経済を巨大にした自負があるので、生活保護受給者を「怠けている」と禁忌し、サラリーマンであるがゆえに納税意識が強く、「貧者への税金の再分配」に否定的である。そこに嫌韓や在日コリアンへのヘイトや陰謀論が加わり、ますます韓国への根拠ない呪詛や、デマを基にした中国陰謀論を強めていく。

もとより企業戦士として活躍していた彼らは、自身の企業活動以外の事については、体系的に学究するだけの知識を醸成する時間的余裕を持たなかった。とはいえ当然、一定程度の社会情勢、経済情勢の理解はある。しかしそれをより体系化するだけの知識を持たないので、やはり突拍子もない保守系言論人の極論や陰謀論に「いままで知り得なかった世界の真実」を見いだす。

こういった層は保守系言論人や保守系雑誌の購買層の最も分厚いところであり、定期購買層の主力である。現役時代は現場でバリバリと働き、「世界の真実」を薄ぼんやりとしか知り得なかった企業戦士が、定年後になり無批判にネット動画等から情報を受容して、知らぬ間に極めて差別的なネット右翼になっていく例は、枚挙に暇がない。これも経済的余裕と時間的余裕という二つの余裕が基礎にあるものだ。