PCR検査が拡大しなかった理由
『日本のコロナ対策はなぜ迷走するのか』
上昌弘著、倉重篤郎構成
毎日新聞出版/1200円+税
20年11月刊
上医師は国立がん研究センター、東京大学医科学研究所などを経て2016年からNPO法人医療ガバナンス研究所理事長として、医療問題研究の傍ら臨床医も続けています。現場からの行政批判でも著名。倉重さんは毎日新聞客員編集委員です。
第1章「日本1人負け」の深層、では日本の感染者や死者は少なかったと安倍晋三・前首相は「日本型モデル」と自慢しましたが、上さんは逆で「日本の1人負け」と論評しました。
例えば2020年4~6月のGDP(国内総生産)は、日本は米国の-9.5%に近い-7.9%。中国+3.2%、韓国-3.3%など東アジアでは最低です。また人口10万人当たりの死亡率0.77人はたしかに欧米諸国より低いですが、韓国0.55人、中国0.33人より悪いのです。
上さんはバブル崩壊後の金融不安同様、貧弱なPCR検査が国民のコロナ不安を招き、経済の落ち込みにつながったと見ています。
第2章・PCR不拡大の闇、はこの本の中心です。安倍・前首相は何度も「PCR検査を増やせ」と言ったのに厚生労働省の関係部局は応じませんでした。「首相の指示に従わないのだから、まして国民の意向など」と上さん。以下のような実態を指摘しています。
政府の専門家会議の尾身茂・副座長の「設備や人員の制約のため全ての人にはPCR検査はできない」との発言は、検査を拡大しようとの発想がないことがわかります。厚労省医系技官や国立感染症研究所(感染研)などのムラ社会が権益を守っています。検査が増えると保健所の処理能力を超え、民間検査会社を加えれば、データと予算の独占が失われます。専門家会議委員12人のうち8人は感染研など4施設の関係者で構成され、コロナ研究費の9割がこの4施設に、公募感染症研究費の4割が感染研に出ています。
コロナとのつきあいは数年に及ぶ
第4章・コロナウイルスの謎を解く、で上さんはワクチンへの過剰な期待を戒めています。ワクチンで重症者を減らせるかどうか、コロナ感染で重症化しやすい高齢者や持病を持つ人にも免疫ができるのか、自然に再感染した人もあり、効果が限定的となる可能性もありそうです。コロナとのつきあいは数年かかる、と見ています。
ワクチンに対する記述があまりないものの、新型コロナについての解説が分かりやすいと思ったのは、岡田晴恵・白鴎大学教授の『どうする!? 新型コロナ』(岩波書店、520円+税、20年5月)でした。また、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の不備を指摘し話題になった岩田健太郎・神戸大学教授の『丁寧に考える新型コロナ』(光文社、960円+税、20年10月)は豊富な内容に敬服しました。
まもなく始まるワクチン接種の前に、情報を収集し自分の頭で考えてみる。考えを深めるための手がかりをこれらの書籍は提供してくれることでしょう。