必要なのは原状回復ではなく新規開拓

福島県産品に疑念を抱いている人が戻ってきても、客が増えたことにはなりません。売り上げを増やすには新たな顧客獲得が必要です。そういう時に有効に働くのは、安全に関する情報ではなく、かまぼこそもそもの魅力をしっかりと伝えていくことなのではないか。ぼくはそう考えるようになり、数々の実践をしていくことになります。

ぼくの大きな任務は、一言で言うならば「ブランド・コミュニケーション」です。

「ブランド・コミュニケーション」とは、企業が伝えたいアイデンティティを消費者に伝え、イメージを作っていくためのコミュニケーション活動を行うことをいいます。ただし、ぼくの場合は「ブランド・コミュニケーションをやるんだ!」と思っていたわけではありません。

自分にできることを必死にやっていただけ。後になってマーケティングの本を読んでいたらこの言葉を発見し、「自分がやっていたことはブランド・コミュニケーションだったのか」と気づいたのと、横文字で“かっこいい業種感”が出るので、いま使ってみただけです。

写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです

まず、同僚の高木市之助くんとタッグを組み、オンラインショップの立て直しに臨みました。彼は当時は職人として仕事をしていたのですが、東京ではVJや映像作家として活動するなどクリエイティブな引き出しをたくさん持っていました。

初心者だからこそ届けられた魅力

いまはすでにかまぼこメーカーを退職し、いわきを代表するグラフィックデザイナーとして活動しているのですが、その高木くんと、ほぼ自力で新しいオンラインショップを立ち上げ、日々の情報発信にあたったのです。

商品のアピールだけでなく、製造現場も許される範囲で撮影してSNSに投稿していきました。自社のかまぼこを使ってくれているラーメン屋さんやそば屋さんの声を伝えたり、自分たちで考えたレシピなども積極的に発信しました。

撮影した写真は何千枚あったでしょうか。写真の担当はぼくでした。初めは見よう見まねで撮影していたのですが、ある時期から、かまぼこが「こう撮ってくれ」という声が聞こえてくるように感じられてきました。どう撮影したらかまぼこが魅力的に、おいしそうに見えるか、少しずつ分かってきたんです。

また、知れば知るほど、かまぼこという食材の魅力に気づかされました。本来は、自分の会社の商品について発信すべきですが、しばしばそれを逸脱し、かまぼこの歴史や、それを育んできたいわき市の文化についても関心は膨らみ、もはや自社のアピールにつながらないような遠回りの記事も書くようになっていました。

ぼくが「かまぼこ初心者」だったことがよかったのかもしれません。ぼくの感じた「面白い!」を、お客さんも、そのまま受け取ってくれていたようなのです。「そんなふうに作られていたんですね」、「かまぼこって面白いですね」、「いわきはとても魅力的なところだったんですね」と、好意的な声が寄せられるようになり、それに伴って、オンラインショップの売り上げも右肩上がりで伸びていきました。