「原産地はアラスカ」という情報が発信されていなかった

ところが、いわきで作られているかまぼこは、先ほど説明したように北米アラスカ産スケソウダラのすり身で作られます。しかもそのすり身、いわきの工場ですり身にされているのではなくて、ベーリング海で操業している船の中で加工され、船の中で冷凍保存されます。

かまぼこメーカーは、その「冷凍すり身」を商社を通じて購入し、製造するときに解凍してかまぼこを作っています。つまり、「福島県産のすり身を使っていないので、原理的に放射性物質は混入しない」ということです。

入社する前は、ぼくも、おいしいかまぼこだから地元の魚を使っていると勘違いしていました。全国には、地元の海に水揚げされた魚を使ってかまぼこを作っている産地もありますし、ぼくの勤めていたメーカーでも地魚を使った高級かまぼこは作られていました。ですが、そういう一級品ばかりでは全国の食卓や外食産業を底支えできません。

安価で大量に供給できるよう規格化された商品(コモディティ商品と言ったりする)が必要になってくるわけです。業界的には「リテーナー成形かまぼこ」と呼ばれていて、リテーナーという金型にすり身を入れて蒸し上げる「板かまぼこ」のことを指します。いわき市は、このリテーナー成形かまぼこの生産量が、震災前まで長く日本一でした。

問題は、そうした情報を、メーカー側がほとんど出していなかったことです。

いままで欠けていた消費者に対する目線

工場の主要な取引先は市場です。つまり「BtoB」の商品。消費者に直接販売するのではなく流通業者に販売する業態だったため、消費者に直接伝えようという意識もチャンネルも、そもそも存在しなかったわけです。多くのメーカーが、消費者ではなく流通業者ばかりを見ていました。震災後、情報発信が必要になっても急にはできません。

ぼくの勤めていたメーカーでは、いわゆる「OEM」、大手メーカーの商品の製造を担う業態でもかまぼこを作っていました。日本で最も有名なかまぼこ産地は神奈川県小田原です。

ラベルの販売元の欄には小田原の会社の名前しかないので多くの消費者が小田原のかまぼこだと思ってしまいますが、製造元はいわきの工場だったりするわけですね。食品には製造元と販売元があり、それが異なることはよくあります。

世の中の多くの人が「福島県産品のかまぼこは危険なのでは?」と考えているその時、工場では「小田原のかまぼこ」も粛々と生産されていました。もちろん、大手のメーカーは商品の安全性やメーカーの加工力の高さを知っているからこそ注文するわけです。

ただ、そういう根底の情報は、多くの場合世の中に出てこない。そもそも、かまぼこがどうやって製造されているかなんて、多くの人は知らないわけです。

とするならば、放射能汚染の情報も大事ですが、それ以上に、そもそもかまぼこはどのように作られているのか、どのような原料が使われ、どのような工程で生産されているのかを徹底して開示していけば、新しいファンを開拓できるのではないかとぼくは考えました。