日本とロシアの関係は錯綜している
【佐藤】菅内閣が取り組まなければならない日中関係もかなり難しいのですが、日ロ関係は、それ以上に入り組んで厄介です。
【手嶋】日本を代表する「クレムリン・オブザーバー」である佐藤優さんがそういうのですから、日本とロシアの間柄は相当に錯綜しているのでしょう。
【佐藤】安倍総理の突然の辞任を受けて、ロシア大統領府のペスコフ報道官は「非常に残念だと思っている。安倍氏の後任が露日関係をさらに発展させることを期待している」と述べましたが、日ロ関係がかなり厳しいことを暗に認めています。その一方で、ペスコフ報道官はイタル・タス通信に「プーチン大統領と安倍氏の間には、仕事を成し遂げるための輝くような関係があった」と最大限の賛辞を送り、後継者にプーチン大統領と良き関係を築いてほしいとシグナルを発しています。
【手嶋】プーチン政権からのメッセージを単なる外交辞令と受け取るわけにはいきませんね。
【佐藤】そうだと思います。安倍総理が辞意を表明した3日後、安倍・プーチン電話会談が行われました。そこでも領土問題を解決する大切さが強調され、両首脳は今後も平和条約交渉を継続することが重要だと確認しています。
私が得ている情報ですと、安倍総理はその時、「1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速する」と述べ、2018年11月の「シンガポール合意」に言及しました。日ロ双方の外交努力で国境線を画定しようと念を押したのではないかと思います。
「日ロの平和条約交渉」を動かす時だ
【手嶋】この安倍・プーチン電話会談は、型通りの退任のあいさつのように見えますが決してそうではありません。ロシア国内の対日強硬派は、領土の割譲を禁止する憲法改正を踏まえて、日ロの平和条約交渉にすら否定的な動きを見せていました。こうしたなかで、プーチン大統領自身が、平和条約交渉の継続を確認したのなら、菅政権もそうした両首脳の意向を受け継いで、平和条約を取りまとめ、歯舞群島と色丹島の引き渡しに望みをつなぐことが可能となります。
【佐藤】ええ、対ロ交渉では、菅政権は先の「シンガポール合意」に沿って、対ロ外交を淡々と、そして粘り強く進めていく方針を明確にしています。この点については9月29日に行われた菅総理とプーチン大統領の電話会談でも両首脳が確認しています。ずっと動かなかった日ロの平和条約交渉を動かすべきでしょう。そのためには、過剰な理念など必要ではない。時として有害ですらある。安倍政権は身をもって、こうした教訓を残したとも言えます。