いままで関わることのなかった人間たちがここに集まっている

なぜだか分からないが自分が本当にどうしようもない――西成で一生ドカタをするしか選択肢のない――人間であるように思えてきた。

朝の四時半に起床し、五時に一階の入り口に集合する。食堂では岩のような手をした大柄な男や、歯が抜け腰の曲がった老人が生卵を白飯にぶっかけ、初めて持ったみたいな箸の持ち方でかき込んでいる。ズボンに手を入れ股間をかきむしり指先の匂いを嗅ぐ男。ポケットに両手を突っ込み、肩を揺らして歩きながら何事かわめいている男。

いままで関わることのなかった人間たちがここに集まっている。世間の目が届くことのない、日の当たらない地下の世界へやってきたのだ。

新しく現場に入るということで書類を何枚か書かされた。これはS建設ではなくこれから行く現場のクライアントに提出する物のようだ。安全対策に関する講習はしっかり受けたか、といったいくつかのチェック項目がある。

「よく分からないだろうけど全部チェック入れておいて」と私の現場の班長である菊池さんに書類を渡された。

筆者撮影
解体現場の地下にある休憩室

「安全帯」の使い方すら知らないまま現場へ…

この菊池さんはS建設に入ってすでに15年以上。その想像を絶する勤務年数ゆえに班長に抜てきされているが、日給は私と同じ一万円(内寮費が三千円)。むしろまったく度が合っておらず遠くの物はもちろん、近くの物もそれはそれでぼやけるという眼鏡(菊池さんは乱視なのにケチって乱視用レンズを入れなかったらしい)のせいで周りからはボンクラ扱いされている。

「北海道出身だが住民票がどこにあるかもう分からない」ということから分かるように、一生飯場暮らしのチケットが発行済みの菊池さん。いつも下を向いては行き詰まった顔をしている。

講習などもちろん受けていない上に、私は高所での作業の際に自分の腰と手すりなどをつないで落下を防ぐ「安全帯」の使い方すら知らない。こんな状態で安全に作業ができるとは到底思わなかったが、あと10分で現場に向かうというので、内容も読まず、すべてにチェックを入れた。

私は「土工」という職種になるらしい。簡単に言うと一番下っ端の底辺労働者ということだ。飯場に入っている人間のほとんどがこの土工というポジションになる。何年飯場にいるとかそういったことは関係ない。全員ひっくるめて底辺土工だ。