頭の中にいる誰かと話す、2人殺した殺人鬼

飯場生活も1週間を過ぎると、訳アリとはいえ、ほかの労働者たちともだいぶ打ち解けてきた。中でも坂本さんは、飯場の人間模様をいつも面白おかしく私に教えてくれた。この坂本さんも、覚せい剤の密売所を襲撃し現場に残った覚せい剤と現金400万円を奪って逃走したという過去を持つ「訳アリ」である。

飯場
筆者撮影
飯場の自室。1泊1000円のドヤに比べると見た目は清潔だが、夜になると南京虫がはい出してくる

「おい、アイツ見てみろ。そこでブツブツ言いながら洗濯機回しているおっさんや。アイツが人2人殺して刑務所から出てきたっていうのは有名な話や。包丁で腹からズブッと刺し殺したんやて」

現場から飯場へ戻り、一階のランドリーで作業着を洗っている私に坂本さんがそう耳打ちしてきた。私の目の前にいるその元殺人鬼は焦点の合わない目で頭の中にいる誰かと話しながら洗濯機に洗剤を投げ込んでいる。

元ヤクザ、薬物中毒者は飯場では基本的なステータスとなっているが、殺人はさすがにまれである。当然ながら私も、人殺しに直接会ったのは初めての経験だ。犯罪者の話は漏れなく面白く興味深いものであり、いつか殺人者の話も聞いてみたいものだと思っていた。

しかしいざ目の前にすると、相手に対する興味というのがまったくもって湧いてこない。人間というより、何か違う生き物を見ているような気がしてくる。関わりたくない。声を聞いただけでこっちの寿命が縮んでしまいそうである。

この死神みたいなやつは珍しいとしても、やはり飯場には他にも個性的な人間がギュッと集まっている。特にこの西成のど真ん中にあるS建設はこのかいわいでも有名で、ビックリ人間の巣窟のような場所なのであった。

十分に一回洗面台に向かっては手を洗うオヤジ

私と同じフロアに通称“手洗いハゲ”という、10分に1回洗面台に向かっては10分間手を洗い続けるというオヤジがいる。10分間手を洗い、10分間部屋で休憩してまた手を洗うという繰り返し。うそみたいな話だが、現場が終わって飯場に着く18時から21時くらいまでずっと手を洗っているのだ。そのため私のいるフロアは常に石けんの香りが漂い、場末の飯場とは思えない、ソープランドのような雰囲気がある。

風呂場に入るとまず風呂用のイスを石けんで泡だらけにする。その後は20分ほど入念に身体を洗い(というよりも磨き上げ)、湯船に浸かり、湯から上がるとまた新しいイスを泡だらけにしてもう一度身体を磨き上げる。トイレの個室には自分の服を持ち込みたくないようで、用を足す時は常に全裸。仕事道具の手入れも怠らず、ヘルメットはいつも信じられないくらいにピカピカだ。

そんな手洗いハゲは「なんでそんなに手洗うんですか?」という私の問いに、「気になるんや。疲れが取れなくて大変なんやで」と笑いながら答えてくれた。話してみると意外や意外にいい人で、仕事中は目をギラギラさせながら馬車馬のように動き続けるためS建設には重宝されているという話もある。こんな潔癖症もいるもんだなあと感心していたのもつかの間、坂本さんはこう教えてくれるのであった。

「アホ。アイツただのポン中やで。覚せい剤の幻覚で体中に虫がっているだけや」